愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
「業務連絡だ。翻訳はしない」
「調べます」
「調べるな」
「いやです」
「千紗」
名前を呼ばれて見上げると、その目に私だけが映っていた。
「俺の苗字は、いつか千紗の名前にも付くかもしれない。その時は、俺がちゃんと言う。……待っていてくれるか」
言葉を失って、それから頷いた。
「はい。待ってます」
握った手が握り返された。冬の夕暮れの空気は冷たいのに、掌だけが驚くほど温かかった。
◇
その夜。帰宅した私は、聞こえたままの音を翻訳アプリに打ち込んだ。
『ジュ ヌ テ ラシュレ プリュ』
──『もう、あなたを離さない』
しばらく動けなかった。庭園のベンチで聞いた言葉を、彼は日本語ではない言葉にして、もう一度くれたのだ。「業務連絡だ」なんて、一番似合わない嘘をついて。
返事もアプリで作った。『私もです』は、『Moi non plus.』だった。
翌朝。彼より先に出勤して、その一行を付箋に書き写し、机の端に貼った。物陰から見ていると、缶を置きに来た京介さんが、付箋に気づいて動きを止める。
何度か読み返したあと、そっと手帳に挟んだ。廊下の向こうで、橘さんが静かに咳払いをした。
「調べます」
「調べるな」
「いやです」
「千紗」
名前を呼ばれて見上げると、その目に私だけが映っていた。
「俺の苗字は、いつか千紗の名前にも付くかもしれない。その時は、俺がちゃんと言う。……待っていてくれるか」
言葉を失って、それから頷いた。
「はい。待ってます」
握った手が握り返された。冬の夕暮れの空気は冷たいのに、掌だけが驚くほど温かかった。
◇
その夜。帰宅した私は、聞こえたままの音を翻訳アプリに打ち込んだ。
『ジュ ヌ テ ラシュレ プリュ』
──『もう、あなたを離さない』
しばらく動けなかった。庭園のベンチで聞いた言葉を、彼は日本語ではない言葉にして、もう一度くれたのだ。「業務連絡だ」なんて、一番似合わない嘘をついて。
返事もアプリで作った。『私もです』は、『Moi non plus.』だった。
翌朝。彼より先に出勤して、その一行を付箋に書き写し、机の端に貼った。物陰から見ていると、缶を置きに来た京介さんが、付箋に気づいて動きを止める。
何度か読み返したあと、そっと手帳に挟んだ。廊下の向こうで、橘さんが静かに咳払いをした。