愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
同じ姿勢を取ってみるけれど、手の位置がどうにも定まらない。

「手はここだ」

京介さんが一歩近づき、私の指先に触れて位置を直した。背後から被さるような体勢に、息が止まる。

清潔な石鹸の香りと、微かなコーヒーの匂い。触れたのはほんの一瞬なのに、掌の温度がいつまでも消えない。

「あ、はい」

声が裏返ってしまった。彼はすぐに手を離して一歩下がる。

「基本はこれで十分だ。あとは現場で覚えろ」

その素っ気なさに救われながらも、残りの研修は、お辞儀の角度どころではなかった。

◇

研修が終わる頃には、足の裏がじんじん痛んでいた。休憩室で缶コーヒーを開けると、同期の森田(もりた)珠希(たまき)がやって来た。

「水無瀬さん、初日からお疲れー」

ショートボブを揺らして、彼女は隣にどさりと腰を下ろす。

「私たち同期なんだし、千紗って呼んでいい? 私は珠希でいいよ」

「うん、お願い」

八重歯を見せて笑う珠希に、強張っていた肩が緩む。

「教育係、京介さんなんだって? あの人、誰にでも厳しいから大変でしょ」

「厳しいけど、見てないようでちゃんと見てる感じがする」

「へえ、珍しい。そういえば。記念日のディナーの話、もう広まってるよ。あの人が誰かの案をそのまま採用するなんて、誰も見たことないって」

缶を握る手が止まった。

「……京介さんって、苗字は?」
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