愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
「あー、それがさ、誰も知らないの。名札も名簿も『京介』だけ。本社からの出向だとか、会長の隠し子だとか、噂は色々あるけど。ソムリエの資格もあって、語学は五か国語とか。全部、噂だけどね」

「隠し子……」

「冗談だって。先輩に聞いても笑ってはぐらかされるし、みんなもう慣れちゃってるみたい」

慣れちゃってる。喉まで出かかった言葉を、缶コーヒーと一緒に飲み込んだ。

◇

着替えを終えて通用口へ向かう頃には、窓の外は橙色に染まっていた。

「水無瀬」

背後から呼ばれて振り返ると、京介さんが立っていた。

「今日、袖を引いただろう」

やっぱり気づかれていた。血の気が引く。

「すみません、出しゃばって──」

「謝るな。あれでいい」

遮る声は朝より半音低く、柔らかかった。

「次に何か気づいたら、迷わず俺に直接言え。何度でも袖を引いていい」
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