愛想のない教育係が、私にだけ甘い理由
「あの頃の俺は、数字の中で迷っていた。その一行だけが、行き先を示していた。教育係は、自分から人事に頼んだ。初日に袖を引かれた時、思ったんだ。──やっと、見つけた、と。書類の上の一行が人の形になって、目の前に立っていた」
見つけたのは、私の方だと思っていた。けれど、先に私を見つけていたのは、この人だった。
「愛想笑いはいらない、と俺は言った。お前の前では、俺もしなくていい。お前の前でだけ、仮面が剥がれる。直す気もない」
胸がいっぱいで、何も言えなくなった。京介さんの手が、私の頬に触れる。
「千紗。お前も、俺の前では笑いたい時に笑え。そのままの顔が、一番いい」
額に唇が触れた。石鹸と、かすかなコーヒーの匂い。
私は笑って手を伸ばし、彼の袖をそっとつまんだ。
「私も、もう絶対に離しません。袖は、何度でも引きますから」
京介さんは笑った。愛想も何もない、飾らない顔で。
初日「愛想笑いはいらない」と言った人が今、私の隣で、これ以上ないほど幸せそうに笑っている。
愛想のない彼が、私にだけ甘い理由。
その答えは、あの日の袖の先に、今もずっと続いている。
【完】
見つけたのは、私の方だと思っていた。けれど、先に私を見つけていたのは、この人だった。
「愛想笑いはいらない、と俺は言った。お前の前では、俺もしなくていい。お前の前でだけ、仮面が剥がれる。直す気もない」
胸がいっぱいで、何も言えなくなった。京介さんの手が、私の頬に触れる。
「千紗。お前も、俺の前では笑いたい時に笑え。そのままの顔が、一番いい」
額に唇が触れた。石鹸と、かすかなコーヒーの匂い。
私は笑って手を伸ばし、彼の袖をそっとつまんだ。
「私も、もう絶対に離しません。袖は、何度でも引きますから」
京介さんは笑った。愛想も何もない、飾らない顔で。
初日「愛想笑いはいらない」と言った人が今、私の隣で、これ以上ないほど幸せそうに笑っている。
愛想のない彼が、私にだけ甘い理由。
その答えは、あの日の袖の先に、今もずっと続いている。
【完】


