猫かぶり紳士の癒し方~子リス系OLは疲れた彼に愛でられる~
ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ、ぐびっ――
威勢のいい音とともに、琥珀色の液体が白い喉に流し込まれる。
「ぷっはー! 仕事の後のビールは美味い!!」
だんっ、と机にジョッキを置くなり、菜摘はいい笑顔を向けてきた。
頭の後ろで柔らかそうなポニーテールがふあんと揺れたかと思えば、すぐさま店の端にいた店員に向かって手を挙げる。
「おねーさんっ、もう一杯!」
満面の笑みを浮かべた菜摘とは対照的に、青柳光治は嫌そうな顔でビールをすすった。
会社の帰路を突然拉致られたことといい、この飲みっぷりといい、何となく嫌な予感がしている。
「……飛ばしすぎじゃね」
「何言ってんの! 今日は金曜! 明日はお休み! はなきーん!」
妙な節をつけた菜摘の目の前に、女性店員が新しいジョッキを置く。
そちらに愛想のいいお礼を言って、菜摘はまたジョッキを掲げた。
「カレシいるのに花の金曜に予定がないかわいそうな私にかんぱーーい!」
「そんなお前に巻き込まれてるもっとかわいそうな俺にもかんぱい」
テンションの高い菜摘のジョッキに、ほとんど中身の減っていない光治のジョッキがガチンとぶつかる。
あっはははと笑いながら、菜摘はぐいぐい二杯目をあおった。
「……なんだよ。もしかして、上手く行ってねぇの?」
訊いてから、光治は後悔した。
笑顔の菜摘は「まっさかぁ」と首を手をプルプル振る。百五十五センチに満たない体格も去ることながら、いちいち動きがちまくて小動物的だ。
よくリスやらウサギやらにたとえられているけれど、幼なじみの光治としてはプレーリードッグを推したい。ときになかなかの凶暴さを発揮するという点においてもよく似ていると思う。
そんな光治の考察も知らず、菜摘はご機嫌に話している。
「そんなことないよー。神南さん、忙しいから一緒に出かけられるのは月に二、三回だけど。でも社会人のつき合いってそんなもんでしょ? こないだだって一緒に映画行ったし。あっ、でね、私ってば映画観てるつもりがついつい神南さんの顔見ちゃって、そしたら神南さんも私の方見てて、なんかお互いお互いの顔見てたねって後で笑っ――聞いてる?」
「聞いてる。聞き流してる」
「いやそこは流さないで受け止めようよ」
菜摘に袖を引かれて、光治はため息をついた。
そのまま、運ばれてきた焼き鳥の盛り合わせに手を伸ばす。
一口分を小皿に避けて、残りは串ごと口に運ぶ。
食べるのが好きなわりに量の入らない菜摘のために、串の盛り合わせの盛り合わせを作ってやっているのだ。
面倒といえば面倒なのだが、小学生来の付き合いだからもう慣れた。菜摘に聞くまでもなく、当然のように身体が動いてしまう。
「まーとりあえず、順調なのね。親父も気にしてたからそう言っとくよ」
「社長が?」
菜摘のまばたきに、光治はもぐもぐしながらうなずいた。
何を隠そう、光治の父は二人の勤める会社の社長である。
どこで会ったのか知らないが、お互い片親ということもあってか、光治の父は菜摘の母と仲が良く、菜摘のことを娘のように気にかけている。
それこそ、結婚式でもすることになれば、喜んでバージンロードを一緒に歩くだろう、というくらいだ。
縁故入社を疑われるので、会社では光治も社長絡みの話を避けるが、今は二人だけだから構わないだろう。
ふぅんとうなずきかけて、はっと息を潜めた菜摘が、身を乗り出してきた。
表情がコロコロ変わるところは昔から変わらない。
「……社長的には、どうなの。社内恋愛」
「いや、別にー。なつが幸せならいいんじゃないって。課長もしばらくそういう話なかったみたいだし、励みになるならいいだろって」
答えた流れで、「でも俺は社員に手出すなって。わけわかんねーよな。俺が公私混同するかよ」と文句を言ったが、菜摘は華麗に聞き流したらしい。
それについては何も聞かず、ますます身を乗り出してきた。
「……神南さん、しばらくそういう話なかったって、ほんと?」
菜摘の輝く目に、光治は「しまった」と眉を寄せた。
菜摘の恋人、神南嵐志は、入社八年目の三十歳。早くして営業課長の座につき、今は光治の上司にあたる。
光治が入社するまではただ遠くから眺めているしかできなかった菜摘だが、幼なじみが毎日憧れの人と過ごしていると分かるや、いてもたってもいられなくなったらしい。
連日情報を搾取され、今まで会話したことがないという菜摘のために、新年会で隣席になるよう座席くじに細工までさせられた。
そこで初めて挨拶以上の会話を交わした二人は、翌月初めてのデートをし、とんとん拍子に恋人になった。
とはいえそれもまだ三ヶ月前のこと。菜摘にとって、嵐志はまだどこか遠い存在なのだろう。
菜摘の目には、連日光治に嵐志の情報をせびっていた頃と同じ光が宿っている。
目を逸らしてごまかそうとしたが、菜摘はすかさず光治の手首を掴んできた。
丸い目が逃すまいとするように光治の目を見つめる。
「ねえ。社長がそう言ってたの?」
「……うん、まあ……」
光治はあいまいにうなずいた。外で上司の噂を口にするのはなんとなくはばかられる。
「……だからかなぁ」
ぽつりと呟いた菜摘は、光治が取り分けた串の盛り合わせの盛り合わせから、一口分を箸で摘まむ。
それをパクリと口に含むと、柔らかそうな頬がもにもにと動いた。
光治は菜摘がなにか食べる姿を見るたび、こいつはどこかに頬袋があるに違いない、という気になる。
「……なにが?」
聞きたいわけではないのだが、それでも一応聞いてやる辺り、我ながらお人好しだ。
菜摘はうん、と軽くうなずいた。
「まだ……誘ってくれないの」
「……は?」
「だーかーらー。ベッドに誘ってくれないの!」
光治がぽかんとした後、ぱっと顔を赤くする。
呑気にハムスターの餌付けを想像していた頭の中は軽いパニック状態になった。
「べっ、べ、べ、ベッドっておまっ……!」
青柳光治、二十三歳。
百七十に満たない身長を除けば、そこそこ女性に好まれる容姿をしているが――童貞である。
うろたえる幼なじみを無視して、菜摘はまた一切れ、焼き鳥を口に放り込んだ。
「ば、ばか、公共の場で何を……!」
「なに言ってんの。誰も聞いてないよ、私たちの話なんて」
「そ、そそ、そういう問題じゃ……だいたいまだ、つき合い始めて三ヶ月くらいしか経ってないだろ」
「なに言ってんの。まだ三ヶ月、じゃなくて、もう三ヶ月。充分でしょ!?」
あわあわしている光治をさておき、菜摘はジョッキに口をつける。
「だいたい、出会ったばっかりっていうならまだしも、お互い同じ会社に三年はいるんだし、挨拶だけならしてたし、顔だって見てたし、仕事ぶりだって見てたし……」
「それはお前が一方的に片想いしてただけで」
「それにね!」
光治の言葉を遮って、菜摘はジョッキをドンと置く。
「デートも日曜か水曜って! なんで翌日仕事ある日ばっかりなの! なんで!? どうして!? もっと一緒にいたいのに! 引き留められないじゃん! また明日会社でねって、おやすみなさいってなっちゃうじゃん! ――どうして!?」
「し、知らねぇよそんなん……!」
光治は動揺を落ち着けようとビールをあおった。
どうにかこの幼なじみを落ち着かせなければ自分もこの店を出禁になりかねない。というか、自分が気になって出入りできなくなりそうだ。
が、菜摘は気にした風もない。
「家まで送って行ってくれるのに、マンションのエントランスで『おやすみ』なんだよ。つらすぎる。あの神南さんが近くにいるのに。あんなエロい人が手の届くところにいるのに。手を繋ぐしかできないなんてつらすぎる! その手もすっごい私好みなんだもん。なんなんだろうあの色気。手とか頭だけじゃなくて、もっといろいろ触ってほしいし触りたい! はぁーもはや拷問! いや、いっそ一種のプレイなのかな? ああもうせっかく恋人になれたんだから、もっと触ってほしいし触りたいのに! ていうかエッチしたい! 好きだったら当然そう思うでしょ思うよね思うじゃん!?」
同意を求められても困る。光治はちょっと泣きたくなった。
「分かった、分かったから落ち着け……声を、もうちょっとボリューム落としてくれ頼む……!」
「はあぁああ」
光治が懇願するや、菜摘は突然、力尽きるように顔を手で覆った。
光治はほっと息をついたが、
「まあ童貞には分からないだろうけど……」
「てめぇぶん殴るぞ」
菜摘の言葉に本気で拳を握りかけ、気を取り直してため息と共にほどく。
「……お前が課長を好きだってのは知ってるよ。けど、課長も課長なりに、お前のことを大事にしたいって思ってんじゃないの?」
「そうかなー」
「だってそうだろ。そうじゃなきゃ、ただデートするなんて面倒なことしないだろ」
「……そうかな」
光治の言葉に、菜摘も首を傾げた。
また、頭後ろでポニーテールが揺れる。
菜摘の気分を表すような控えめな揺れ方は、髪というよりしっぽのようだ。
少し考えるような間があって、菜摘はおもむろにうなずいた。
「……よし、決めた」
「ぁん?」
今度は何だと目をやれば、菜摘は両手をぎゅっと握っていた。
なにやら、本人なりに決意めいた表情をしている。
「神南さんが遠慮してるなら、私から誘えばいいんだ」
「……ああ?」
「来週の金曜、デートに誘う。それで」
「……それで?」
別に聞きたいわけじゃない。が、会話の流れで聞かざるをえない。
イヤイヤ聞いた光治に、菜摘は高々と宣言した。
「次こそ、抱いてもらう!」
その大音声に、光治は身体を引いた。
「もう家の前でさようなら、なんて許さないんだからー!!」
ああ、もうこの店に来るのはしばらくやめとこう。
いずこかへ決意の拳を突き上げた菜摘を、光治は遠い目で見ていた。
威勢のいい音とともに、琥珀色の液体が白い喉に流し込まれる。
「ぷっはー! 仕事の後のビールは美味い!!」
だんっ、と机にジョッキを置くなり、菜摘はいい笑顔を向けてきた。
頭の後ろで柔らかそうなポニーテールがふあんと揺れたかと思えば、すぐさま店の端にいた店員に向かって手を挙げる。
「おねーさんっ、もう一杯!」
満面の笑みを浮かべた菜摘とは対照的に、青柳光治は嫌そうな顔でビールをすすった。
会社の帰路を突然拉致られたことといい、この飲みっぷりといい、何となく嫌な予感がしている。
「……飛ばしすぎじゃね」
「何言ってんの! 今日は金曜! 明日はお休み! はなきーん!」
妙な節をつけた菜摘の目の前に、女性店員が新しいジョッキを置く。
そちらに愛想のいいお礼を言って、菜摘はまたジョッキを掲げた。
「カレシいるのに花の金曜に予定がないかわいそうな私にかんぱーーい!」
「そんなお前に巻き込まれてるもっとかわいそうな俺にもかんぱい」
テンションの高い菜摘のジョッキに、ほとんど中身の減っていない光治のジョッキがガチンとぶつかる。
あっはははと笑いながら、菜摘はぐいぐい二杯目をあおった。
「……なんだよ。もしかして、上手く行ってねぇの?」
訊いてから、光治は後悔した。
笑顔の菜摘は「まっさかぁ」と首を手をプルプル振る。百五十五センチに満たない体格も去ることながら、いちいち動きがちまくて小動物的だ。
よくリスやらウサギやらにたとえられているけれど、幼なじみの光治としてはプレーリードッグを推したい。ときになかなかの凶暴さを発揮するという点においてもよく似ていると思う。
そんな光治の考察も知らず、菜摘はご機嫌に話している。
「そんなことないよー。神南さん、忙しいから一緒に出かけられるのは月に二、三回だけど。でも社会人のつき合いってそんなもんでしょ? こないだだって一緒に映画行ったし。あっ、でね、私ってば映画観てるつもりがついつい神南さんの顔見ちゃって、そしたら神南さんも私の方見てて、なんかお互いお互いの顔見てたねって後で笑っ――聞いてる?」
「聞いてる。聞き流してる」
「いやそこは流さないで受け止めようよ」
菜摘に袖を引かれて、光治はため息をついた。
そのまま、運ばれてきた焼き鳥の盛り合わせに手を伸ばす。
一口分を小皿に避けて、残りは串ごと口に運ぶ。
食べるのが好きなわりに量の入らない菜摘のために、串の盛り合わせの盛り合わせを作ってやっているのだ。
面倒といえば面倒なのだが、小学生来の付き合いだからもう慣れた。菜摘に聞くまでもなく、当然のように身体が動いてしまう。
「まーとりあえず、順調なのね。親父も気にしてたからそう言っとくよ」
「社長が?」
菜摘のまばたきに、光治はもぐもぐしながらうなずいた。
何を隠そう、光治の父は二人の勤める会社の社長である。
どこで会ったのか知らないが、お互い片親ということもあってか、光治の父は菜摘の母と仲が良く、菜摘のことを娘のように気にかけている。
それこそ、結婚式でもすることになれば、喜んでバージンロードを一緒に歩くだろう、というくらいだ。
縁故入社を疑われるので、会社では光治も社長絡みの話を避けるが、今は二人だけだから構わないだろう。
ふぅんとうなずきかけて、はっと息を潜めた菜摘が、身を乗り出してきた。
表情がコロコロ変わるところは昔から変わらない。
「……社長的には、どうなの。社内恋愛」
「いや、別にー。なつが幸せならいいんじゃないって。課長もしばらくそういう話なかったみたいだし、励みになるならいいだろって」
答えた流れで、「でも俺は社員に手出すなって。わけわかんねーよな。俺が公私混同するかよ」と文句を言ったが、菜摘は華麗に聞き流したらしい。
それについては何も聞かず、ますます身を乗り出してきた。
「……神南さん、しばらくそういう話なかったって、ほんと?」
菜摘の輝く目に、光治は「しまった」と眉を寄せた。
菜摘の恋人、神南嵐志は、入社八年目の三十歳。早くして営業課長の座につき、今は光治の上司にあたる。
光治が入社するまではただ遠くから眺めているしかできなかった菜摘だが、幼なじみが毎日憧れの人と過ごしていると分かるや、いてもたってもいられなくなったらしい。
連日情報を搾取され、今まで会話したことがないという菜摘のために、新年会で隣席になるよう座席くじに細工までさせられた。
そこで初めて挨拶以上の会話を交わした二人は、翌月初めてのデートをし、とんとん拍子に恋人になった。
とはいえそれもまだ三ヶ月前のこと。菜摘にとって、嵐志はまだどこか遠い存在なのだろう。
菜摘の目には、連日光治に嵐志の情報をせびっていた頃と同じ光が宿っている。
目を逸らしてごまかそうとしたが、菜摘はすかさず光治の手首を掴んできた。
丸い目が逃すまいとするように光治の目を見つめる。
「ねえ。社長がそう言ってたの?」
「……うん、まあ……」
光治はあいまいにうなずいた。外で上司の噂を口にするのはなんとなくはばかられる。
「……だからかなぁ」
ぽつりと呟いた菜摘は、光治が取り分けた串の盛り合わせの盛り合わせから、一口分を箸で摘まむ。
それをパクリと口に含むと、柔らかそうな頬がもにもにと動いた。
光治は菜摘がなにか食べる姿を見るたび、こいつはどこかに頬袋があるに違いない、という気になる。
「……なにが?」
聞きたいわけではないのだが、それでも一応聞いてやる辺り、我ながらお人好しだ。
菜摘はうん、と軽くうなずいた。
「まだ……誘ってくれないの」
「……は?」
「だーかーらー。ベッドに誘ってくれないの!」
光治がぽかんとした後、ぱっと顔を赤くする。
呑気にハムスターの餌付けを想像していた頭の中は軽いパニック状態になった。
「べっ、べ、べ、ベッドっておまっ……!」
青柳光治、二十三歳。
百七十に満たない身長を除けば、そこそこ女性に好まれる容姿をしているが――童貞である。
うろたえる幼なじみを無視して、菜摘はまた一切れ、焼き鳥を口に放り込んだ。
「ば、ばか、公共の場で何を……!」
「なに言ってんの。誰も聞いてないよ、私たちの話なんて」
「そ、そそ、そういう問題じゃ……だいたいまだ、つき合い始めて三ヶ月くらいしか経ってないだろ」
「なに言ってんの。まだ三ヶ月、じゃなくて、もう三ヶ月。充分でしょ!?」
あわあわしている光治をさておき、菜摘はジョッキに口をつける。
「だいたい、出会ったばっかりっていうならまだしも、お互い同じ会社に三年はいるんだし、挨拶だけならしてたし、顔だって見てたし、仕事ぶりだって見てたし……」
「それはお前が一方的に片想いしてただけで」
「それにね!」
光治の言葉を遮って、菜摘はジョッキをドンと置く。
「デートも日曜か水曜って! なんで翌日仕事ある日ばっかりなの! なんで!? どうして!? もっと一緒にいたいのに! 引き留められないじゃん! また明日会社でねって、おやすみなさいってなっちゃうじゃん! ――どうして!?」
「し、知らねぇよそんなん……!」
光治は動揺を落ち着けようとビールをあおった。
どうにかこの幼なじみを落ち着かせなければ自分もこの店を出禁になりかねない。というか、自分が気になって出入りできなくなりそうだ。
が、菜摘は気にした風もない。
「家まで送って行ってくれるのに、マンションのエントランスで『おやすみ』なんだよ。つらすぎる。あの神南さんが近くにいるのに。あんなエロい人が手の届くところにいるのに。手を繋ぐしかできないなんてつらすぎる! その手もすっごい私好みなんだもん。なんなんだろうあの色気。手とか頭だけじゃなくて、もっといろいろ触ってほしいし触りたい! はぁーもはや拷問! いや、いっそ一種のプレイなのかな? ああもうせっかく恋人になれたんだから、もっと触ってほしいし触りたいのに! ていうかエッチしたい! 好きだったら当然そう思うでしょ思うよね思うじゃん!?」
同意を求められても困る。光治はちょっと泣きたくなった。
「分かった、分かったから落ち着け……声を、もうちょっとボリューム落としてくれ頼む……!」
「はあぁああ」
光治が懇願するや、菜摘は突然、力尽きるように顔を手で覆った。
光治はほっと息をついたが、
「まあ童貞には分からないだろうけど……」
「てめぇぶん殴るぞ」
菜摘の言葉に本気で拳を握りかけ、気を取り直してため息と共にほどく。
「……お前が課長を好きだってのは知ってるよ。けど、課長も課長なりに、お前のことを大事にしたいって思ってんじゃないの?」
「そうかなー」
「だってそうだろ。そうじゃなきゃ、ただデートするなんて面倒なことしないだろ」
「……そうかな」
光治の言葉に、菜摘も首を傾げた。
また、頭後ろでポニーテールが揺れる。
菜摘の気分を表すような控えめな揺れ方は、髪というよりしっぽのようだ。
少し考えるような間があって、菜摘はおもむろにうなずいた。
「……よし、決めた」
「ぁん?」
今度は何だと目をやれば、菜摘は両手をぎゅっと握っていた。
なにやら、本人なりに決意めいた表情をしている。
「神南さんが遠慮してるなら、私から誘えばいいんだ」
「……ああ?」
「来週の金曜、デートに誘う。それで」
「……それで?」
別に聞きたいわけじゃない。が、会話の流れで聞かざるをえない。
イヤイヤ聞いた光治に、菜摘は高々と宣言した。
「次こそ、抱いてもらう!」
その大音声に、光治は身体を引いた。
「もう家の前でさようなら、なんて許さないんだからー!!」
ああ、もうこの店に来るのはしばらくやめとこう。
いずこかへ決意の拳を突き上げた菜摘を、光治は遠い目で見ていた。