モテ男とデキ女の奥手な恋
「メリークリスマース!!」
 出勤するためエレベーターに向かっていた俺は、肩をばしりと叩かれて立ち止まった。
 やたらとカタカナくさい発音で俺の肩を叩いたのは、山崎財務部長だ。
 エリート中のエリートである彼だが、どうやっても発音が日本語臭くなっちゃうんだよね、と本人も笑いの種にしている。
「はあ。おはようございます」
「テンション低いよー!マーシー!もっとアゲアゲで行こうよ!今日クリスマスイヴだよー!」
 だから何だっていうんだ。
「君のことだから、予定の一つや二つや三つ、あるんだろ?」
「そんなにたくさんあっちゃまずいんじゃないですか」
 あくまで冷静に切り返す。山崎部長は笑った。
「いいじゃないか、今が花だよ。僕も昔はあったなぁ、そういう若いときが」
「……そうですか」
 苦笑しながら答える。
「でね、マーシー。改めて確認だけれど、今夜は予定あるのかな?」
 肩を組みながら問われる。
「……特には」
「オーウノーウ!!」
 山崎部長は大仰に頭を抱えたかと思うと、イエス!と指を鳴らした。
 どっちだよ。とは心中で突っ込む。
 山崎部長はにこやかに微笑むと、俺の肩に力強く手を置いた。
 逆側の手は親指を立てる。
「うちの部の忘年会に参加しよう。いいよね!」
 よくねぇよ。何で俺が。
 思いきり引きつった顔で意見しようとしたが、山崎部長に先手を取られた。
「うちの今のメンバー、課長以下、仕事が忙し過ぎて晴れてみんなフリーになっちゃったんだよねー。女子も4、5人いてさぁ、ちょっとはいい思いさせてあげたいじゃない?君、なにかと気配り上手だしさぁ、イケメンだしさぁ。みんな喜ぶと思うんだよね。ほら、今フロアも同じだし。ね、行こうよー」
 おいおい。確か2、3人既婚者いたろ。マジかよ。
 財務部の離婚率の高さは聞いたことがあったが、まさか本当とは思わなかった。ますます顔が引きつる。
「アーヤもさぁ、君の同期だろ?あの子も、いい子なのに最近思いきり吹っ切れちゃってさぁ。部長!私仕事に生きますから!とかって公言し始めちゃって。女盛りなのにもったいないと思わない?」
 言ってから、あ、今のはちょっとセクハラっぽいかな、と首を傾げる。
 アーヤとは橘のことだ。橘彩乃。アーヤ。
 吹っ切れたのがいつのことか、何がきっかけかなど、考えたくもなかった。ーー考えずとも分かる。
 俺はわずかに責任を感じて、思わず視線をそらした。
 山崎部長はそんな俺の顔を覗き込むと、ね、いいよね!決まりね!と言い切り、ご機嫌に去って行った。

 あの朝ーー
 橘は俺の腕から抜け出すと、笑って言ったのだった。
「いいの。分かってる。ちょっと早めのクリスマスプレゼントだと思うことにするよ。神崎も、忘れて」
 言って、ふいと顔を背けた。その目がまた赤く潤んでくるのを見て、俺も目を背けた。

 そんなやり取りを思い出しながら、俺は深々と嘆息した。
< 16 / 119 >

この作品をシェア

pagetop