モテ男とデキ女の奥手な恋
「まだ実家にいるの?」
「いや、普段は都内にいるよ。弟の彼女が来るっていうから」
「門のとこにいたよね。政人に似てるなーと思ったの。隼人くんだっけ、あんな小さかったのに。立派になって、びっくり」
 彼女が中学の頃に見かけていたとしても、隼人はまだ小学校に入ったばかりだ。その反応も頷ける。
「じゃ、弟に先を越されちゃって、ちょっと焦ってる感じ?」
 佐知がにやりとして俺の顔を覗き込む。小さいときの彼女の表情が重なって見えて、苦笑した。
「お前もその顔、変わってない」
「悪そうな笑顔?」
 佐知は自分の顔を両手で挟み込んだ。俺は苦笑したまま頷く。
 ガラガラガラ、と勢いよく鐘を鳴らす音がした。
 俺の目がそちらに行く。
「すげぇなぁ。自分の家族作るとか、想像できねぇ」
 参拝している父子の背中を見ながらしみじみすると、佐知は笑った。
「作るっていうより、できていくのよ。不思議と」
 俺の視線の先を、愛おしそうに眺める。
 上の子に続いて、下の子も鐘を鳴らしたがった。
 松江さんが手助けしながら下の子と鳴らす鐘が、またガラガラと響く。
「結婚もそう。ビビッときた、とか、嘘でしょ、と思ってたけどーー表現はそれぞれでも、嘘じゃないかも。自分の隣にいるのはこの人だ、って、自然と思ったの」
 上の子が、佐知のことを呼び、おみくじを引いていいか聞く。
 佐知はいいよと答えた。子どもは喜んで、おみくじが置かれた小さな社務所へ駆け出す。
「ま、それとは別に、家族が仲良くいるための努力は必要だけどね。努力が必要なのは、仕事でも勉強でも同じでしょ」
「なんか、先生みたいだな」
「あ、ばれた?」
 佐知は昔と変わらない笑顔のまま、市内の中学校で先生してるの、と告げた。
「政人って、結構、色々気にするたちだったよね」
 佐知は穏やかな目で俺を見た。
「俺様なようで、意外と気にしぃで。楽しくなさそうな人がいると、自分も楽しめない、みたいな」
 俺は意外な思いでその顔を見返す。
「ずいぶん見てたような言い方だな」
「見てたよ」
 佐知が微笑む。
「初恋だもん。--ま、そうだったんだなって気づいたのは高校に入ってからだったけど」
 俺は反応に困って、視線をさまよわせた。佐知は嬉しそうに笑う。
「変わってないみたいだね、そういうところも」
 気まずい思いで唇を尖らせると、佐知は不意に自分の腹に手をやった。
「この子、男の子なんだ」
 すっかり母の顔で、佐知は愛おしそうにせり出た腹を見つめる。
「政人みたいに優しい子になってほしいなと思って。一文字、もらってもいい?」
「……やめとけよ。俺みたいになったらどーすんだ」
「あはは。それはそれで可愛いじゃない。ほんとは誰にも言わずにつけるつもりだったんだよ。偶然ってすごいね」
 佐知は一歩俺から離れた。
「会えて嬉しかった。元気でね」
 賽銭箱と鐘に近づきながら、俺に手を振る。
「安産祈願と一緒に、あんたの婚活がうまく行くように祈ってあげる」
「何言ってんだ、要らねぇよ。俺のことは放っとけ」
 俺は毒づいて手を振り、佐知から離れた。
 おみくじを広げてはしゃぐ子どもの横にいた松江さんと目が合い、軽く会釈する。
 松江さんも穏やかに会釈を返してくれた。
 門までたどり着くと、栄太郎が待ちくたびれていた。
「遅いで、政人。腹減って倒れそうや」
「倒れてろ。その分俺が食ってやるから」
 時計を見ると、時間はもうそろそろ正午。
 隼人が姉にメッセージを送っていた。
「姉さんもお腹空いたって。早く帰ろう」
 微笑むと、そっと香子ちゃんの背を押す。香子ちゃんは微笑んで栄太郎と前を歩きだした。
「今の、遠藤佐知ちゃんだよね。もう子どもいるんだね」
 隼人が歩きながら言った。
「よく覚えてんな」
「うん、だって」
 何か思い出したのか、隼人がくすりと笑う。
「中学で兄さんがケンカして帰ってきたとき、うちに来たもん。政人くんは悪くないんです、相手の子が女の子の悪口言ったから、政人くんがかばってくれたんですーーって」
「そんなことあったかな」
 俺は首を傾げた。ケンカは何度か売られて買っているが、いちいち理由は覚えていない。
 基本的に自分が手を出すことはないが。
「兄さん、あのとき理由も何も言わずに部屋にこもっちゃったから、母さんも心配しててさ。俺もそれ聞いてほっとしたの覚えてる。--姉さんなんか、あの子きっと政人のことが好きなのね、とかいってニヤニヤして」
 こいつの記憶力はときどき残酷だ。いくら中坊のときのこととはいえ、気まずさを覚えて視線を逸らす。
「嬉しいもんだね。この人はいい人だなぁと思った人が、幸せそうにしていると」
 隼人は心から嬉しそうだった。
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