モテ男とデキ女の奥手な恋
「なんか、いろいろ納得です」
車に乗り込んだ江原さんは、ハンドルを握りながら言った。
その声に隠しきれない興奮を感じ取って、俺は苦笑する。
「案の定、分かってうれしいような話ではなかったけどね」
「でも、知らないで向き合うのとは全然違います。神崎さんの思い人が調べてくれたことと併せて考えると、間違いないことでしょうし」
「それ、やめてくれよ……」
すっかりいじられキャラに認定されている気がする。俺は窓の外に流れる風景を見ながら返した。
江原さんは楽しげに笑う。
「だってそうでしょ。……でも、財務部かぁ。あそこ、橘さん、っていません?神崎さんと同じくらいの」
ぎくり、と肩が震える。江原さんがにやりとした。
「……もしかして、当たり?」
それについてはコメントを避けて嘆息する。
「……何で知ってるの」
「私の新人研修のとき、総務部で研修担当だったのが橘さんで」
そういえば橘は今の部署の前に総務部にいた。いわゆる花形部署を転々としているのだ。
江原さんの口調は嬉々としている。
「キリッとした美人さんですよね。カッコイイなぁって。ああいう女の人になりたいです」
それは今日の服装からも伺えた。カッコイイ女になりたい、という願望。
橘は、逆にそう見られたくないんだろうが。ーー実際、会社の外での顔には、カッコ良さのカの字も感じない。
「で、当たりなんですよね?」
笑顔。
人は違えど、その有無を言わせない顔には既視感がある。
俺は悪魔的な女を呼び寄せる体質なのかもしれない、などと思いつつ、
「君さ」
声を搾り出すように言った。
「探偵の方が向いてるんじゃないの、仕事」
「あはは。確かに愛読書はミステリーですけどね。ーー予定通り、寄るんですよね?山口さんのところ」
俺が頷くと、江原さんは早めにウィンカーを出した。
「あ、バスケやってる」
山口さんの会社の駐車場横には、小さな空地があった。
昨日来たときも、珍しくバスケリングがあるなと思っていたのだが、今は中学生くらいのひょろりとした子がドリブルしている。
「本当だ。古いリングだから、もう使ってないのかと思ってました」
「うん、俺も」
話しながら江原さんが車を停めた。俺が出ると、リングに当たって跳ね返ったボールがこちらに転がって来る。
2、3度ドリブルして拾い上げると、小走りに近づいてきたボールの主に投げ返した。
「君、センターなの?」
ボールを返しながら、問う。ゴール下のシュートを練習していたからだ。
中学生は一瞬戸惑った後、髪の短い頭を縦に振った。身長は160センチ強。男子にしては高いと言えないが。
「そっか。うまくボード使いなよ。描いてあるフレームのカド狙うといいーー知ってるだろうけど」
少年は一拍おいてから、挑発するように俺にボールを投げ返してきた。
「そう言うなら、見本、見せてよ。お兄さん」
俺は驚きつつ受けとる。
ーースーツでやれってか。
苦笑いしつつ、
「負けん気だけは一人前だな」
言うと、ドリブルしながらゴールに向かって歩く。
ゴール下に着くと、2、3度強めにドリブルしてリズムを取り、シュートした。
ボールはボードに当たってから、ネットのないリングに吸い込まれた。
「ふぅん」
少年は無表情を装っていたが、その目は生き生きと輝いていた。
「お兄さんは、口だけじゃないんだ」
ゴール下に転がったボールを拾い、少年は俺を見据えて言った。
「おじいちゃんに用なの?」
「おじいちゃん?」
「ここの会社、僕のおじいちゃんの」
少年は建物を指差しながら答えた。
「ああ、そうなんだ。ーーそうだね。社長さんに会いたいんだけど、なかなか会えなくて」
「え?何で?今、いるよ。案内してあげる」
少年は言うと、ボールを抱えたまま歩き始めた。
俺は江原さんと顔を見合わせてから、その後ろについて行った。