モテ男とデキ女の奥手な恋

「どっか行きたいとこある?」
「えー。あんまり考えてなかった」
 俺の問いに橘が首を傾げる。実際そうなのだろう。
「オススメは?」
「聞くな。ジムと会社往復してるような奴に」
「もったいなーい」
 橘は俺の答えにけらけらと笑う。
「昼食は?」
「朝遅かったし、いいかなぁ。ちょっとお茶する?」
「そうするか」
 話しながら歩いていると、俺のコートのポケットで電話の着信を告げるバイブ音が響いた。
 取り出して誰からのものか確認すると、俺は嫌そうに眉を寄せた。
「誰?」
「ジョー」
「出ないの?」
 俺はためらってから、電話を取った。橘の無垢な目に見つめられるとなんとなく良心の呵責を感じる。
「もしも」
『マーシー!出てくれた!』
 もしもし、すら言い切らせてもらえないまま、ジョーが話し始める。そのやかましさに苦笑する。
『ヨーコさん、あれから全然一緒に出かけてくれないんすよ!どんな誘いだったら乗ってくれると思います?もう俺の胸は張り裂けそうで』
「勝手に張り裂けてろ」
『えー!財務部エースに聞いてみてくださいよぉ!』
「人の女を当てにすんな。自力でどうにかしろ」
『そんなぁ』
「じゃあな、切るぞ」
『冷た』
 い、と聞く前に電話を切ると、途端に静けさが戻った。
「ったく、どいつもこいつも……」
「……ヨーコさん、って」
 嘆息する俺の横で、橘が目をきらきらさせている。
「もしかして、ジョーってヨーコちゃんのこと……」
 ーー恋バナは女子の大好物。
 いや、それにしたって。
「どれくらい本気なのかは知らねぇぞ」
 ーーまあ、ワンナイトラブで終わる気ではないみたいなのは確かだけど。
 橘の何かを期待している目を見返せず、俺は目を反らした。二人を肉食獣だと認識している俺にとっては、その少女のような目の輝きに自分の汚さを感じる。
「でも、一度は一緒に出かけたってことでしょ。あの様子だと」
「……でも、その後は避けられてるんだろ。あの様子だと」
 返すと橘は首を傾げた。
「ヨーコちゃん、男の人をあんまり信頼してないみたいだから」
 ふと、名取さんの言葉を思い出した。
 ーーあんたも結構、自分の容姿に振り回されたクチなんやな。
「まあ、あのタイプは……痴漢とかにも遭いそうだよな」
 物憂げな名取さんの表情を思い出して言うと、橘が複雑そうな顔をした。
「私、痴漢一度も遭ったことない」
「そりゃ幸せなこった」
 俺の姉の和歌子も、見た目がおとなしく見えるらしく、2、3度痴漢に遭ったらしい。その男の末路は推し知るべし。
「ああいうのは、声を挙げそうな奴には行かないんだと。姉貴が言ってた」
「ああ、そうかもね」
 橘は言って、ふふ、と笑う。
「ヨーコちゃんって、なんかときどき夢見る乙女なの。可愛いんだよ。ーーでも、ジョーだと歳が離れすぎかなぁ」
 ぶつぶつと呟く橘の横で、ふと思い立つ。
「そういえば、月末に事業部のプレゼンで本社に行くけど」
「ああ、そうね」
 再来週末の話だ。
「飲みにでも誘うか。名取さんと、ジョー」
 橘の目が輝いた。
「俺たちの関係を広めてくれたお礼にな」
 俺がにやりと笑うと、橘はきょとんとしてから赤面し、唇を尖らせた。
「そんな、意地悪のお返しみたいに」
「だって、名取さんが喜ぶとは思えないからな」
「わかんないじゃない。ジョーのアタック次第では」
「どうだかなぁ」
 二人で話していると、これが日常のように感じる。
 ーー明日からはまた、飛行機で2時間の距離に離れてしまうのに。
「なるほどなぁ」
 俺がぼやくと、橘が首を傾げた。
「何?」
「いや」
 橘の手に指を絡めて握りこむ。
「ちょっと分かった気がする」
 ーーいつでも変わらぬ誰かが自分の隣にいる、ということ。
「何が?」
 さらにいぶかしむ橘に、ナイショ、と答えて笑った。
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