モテ男とデキ女の奥手な恋

 山口会長からの電話を受けた翌々日。
 幸い定時で帰宅した俺を玄関口で待ち構えていたのは、しゃがみ込んだヒカルだった。
 うずくまったその姿に驚いて、半分跳びのきかけた俺は、ヒカルに笑われた。
「驚きすぎ。反応よすぎ」
「っるせぇよ。いると思わねぇだろ、お前が」
 滑稽な驚き方をした自覚はあるので照れをごまかしながら言い返すと、立ち上がったヒカルが袋を差し出した。
「短パン。洗っておいたから。ありがとう」
 すっかり忘れていた俺は、ああ、とそれを受け取り、
「わざわざ返しに来たのか?何かのついででもよかったし、言付けてもらってもよかったのに」
 ヒカルは俺の顔をじっと見ていたが、首を振った。
「ううん。自分で返したかったから。ありがとう」
 言って俯く。訪れた沈黙の先に、何か言いたそうな気配を察して俺も黙った。
「……神崎さん、東京帰るの?」
 ようやくヒカルが口にした声は、消え入りそうなか細さだった。
「とりあえず、もうお前は用済みだとおじいちゃんに言われたよ」
 俺は感じる気まずさをごまかすように笑う。
「とはいえ、うちの会社がどう考えるか、今確認中。二、三日中にどうこうって話じゃないだろうから、安心しろ」
 ヒカルはほぅ、と息を吐いて、顔を上げた。
「何だよ、俺がいなくなると寂しいか?」
 その愁傷な顔にいつもの表情を戻したくて茶化したが、ヒカルの双眸がうっすらと潤んできたのを見てひるんだ。
「お、おいおい、何だよ」
「調子狂う?」
 ヒカルはうろたえる俺を見て力無く笑った。
「狂うよ。いっつもふてぶてしい癖しやがって」
 ヒカルがまたふふと笑う。
「うん、そうだね。ごめん」
 俺は外を見やった。
「もう暗いぞ。送って行くよ」
「ううん。自転車だから」
 俺はあきれた顔でヒカルの顔を見た。
「お前な。こないだ事故ったばっかでよく乗る気になるな」
「あれは事故じゃないよ。勝手に転んだだけだもん」
「それ自転車的には事故だろ」
 俺が言うと、ヒカルはそういうもんかなと首を傾げた。
「まあでも、たいした怪我なくてよかったよ」
 言って、家に背中を向ける。ヒカルが首を傾げた。
「だから送ってくって言ってんだろ。どいつもこいつも危なっかしくて困る」
 深々と嘆息しながら言うと、ヒカルは笑った。
「なにそれ。あのお姉さんのこと?しっかりしてそうだったけど、案外抜けてるところあるんだ」
「お前にゃ関係ねぇだろ」
 後ろからヒカルが楽しげについてくる。
「そういうところが可愛い、みたいな?」
「お前もだいぶ女バス1年に侵食されてきたな」
 半眼で言うと、そうかも、とヒカルは笑った。
「自転車どこだよ」
「あ、こっち。……ねえ、ほんとに送ってくれるの?」
「これで帰り道何かあったら俺が山口会長に殺されるじゃねぇか。とっととついて来い」
 それもそうかも、と呟いて、ヒカルは不承不承自転車を引いてついて来た。
< 86 / 119 >

この作品をシェア

pagetop