放課後、秘密の特別教室。〜イケメンな精霊たちは、私をあきらめない〜
第10章:クラスの不穏な空気と、それぞれの放課後
翌日。
学校の雰囲気は、どこかどんよりとしていた。
それもそのはず、私のクラスの学級委員長である「松下さん」が、今朝から学校を休んでいるのだ。彼女はいつも真面目で、クラスの面倒な仕事を一人で引き受けてくれるような責任感の強い女の子だった。
「松下さん、最近ずっと疲れてるみたいだったもんね……」
「なんか、男子たちに仕事押し付けられて、裏で泣いてるの見たことあるよ」
クラスの女子たちのヒソヒソ話を聞いて、私はハッとした。
昨日、旧館を襲ったあの巨大な「心の霧」――。あの霧の奥から聞こえた「どうして私ばっかり」という掠れた声は、もしかして、松下さんの心の叫びだったのではないだろうか。
(もしそうなら……松下さんの心が完全に壊れちゃう前に、なんとかしなきゃ)
でも、自分に自信のない私に、一体何ができるだろう。
悶々と悩んだまま放課後を迎え、私はいつの間にか、吸い寄せられるように旧館へと足を向けていた。
最初に立ち寄ったのは、三階の理科室だった。
ドアを開けると、蓮くんがいくつかの試験管に怪しげな色の液体を注いで、実験をしているところだった。
「……遅かったじゃないか、マスター」
蓮くんは私の方を見向きもせずに言ったが、机の上には、なぜか私が好きなキャラクターのイラストが描かれたコップと、イチゴ味のキャンディが用意されていた。
「蓮くん、これ……?」
「お前の脳のエネルギーが不足していると、鍵の出力が下がるからな。ただの効率化のための栄養補給だ。……勘違いするなよ」
蓮くんはそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに言った。メガネの奥の目が、少しだけ泳いでいる。
「ふふ、ありがとう。ねえ、蓮くん。昨日の霧のことなんだけど……」
私は松下さんのこと、そして霧から聞こえた声のことを蓮くんに話した。
蓮くんは静かに私の話を聞くと、試験管をラックに置き、ゆっくりと私に近づいてきた。そして、私の目の前で立ち止まると、細い指先で私の顎をくいっと持ち上げた。
「お前は本当に、他人のことばかり気にするな。そんなに周囲にエネルギーを割いていたら、いつかお前自身が崩壊するぞ」
「でも……私、放っておけなくて」
「……お前のそういう非論理的な優しさは、僕の計算を狂わせる」
蓮くんの顔が、あと数センチというところまで迫る。彼の綺麗な瞳に、赤くなっている私の顔がまっすぐに映っていた。
「いいか、マスター。お前が誰かを助けたいなら、僕の力を好きなだけ使え。僕は僕の所有物(お前)の願いを叶えるためなら、どんな非科学的な奇跡だって起こしてやる。だから……他の部屋のやつらに頼ろうなんて、絶対に思うなよ」
(蓮くん……ツンツンしてるけど、すごく私のことを考えてくれてる……!)
「あ、あの、蓮くん、顔が近いよ……っ」
私が緊張で消え入りそうな声で言うと、蓮くんはハッと我に返ったように顔を赤くし、パッと手を離した。
「……フン。とにかく、栄養補給を忘れるな」
理科室を後にした私は、次に二階の音楽室へと向かった。
廊下にまで、美しくもどこか切ないピアノの旋律が響いてきている。ドアをそっと開けると、響くんが真剣な表情でグランドピアノに向かっていた。
「あ、紬ちゃん!」
私に気づいた瞬間、響くんの表情はパッと華やかな笑顔に変わった。彼はピアノの椅子から立ち上がると、私の手を両手で包み込むように握った。
「会いたかったよ! 今ね、キミのことを想いながら、新しい曲を作っていたんだ」
「私のことを……?」
「そうだよ。キミがクラスで何か悩んでるような顔をしてたから、ボクの音楽で、キミの心の曇りを全部吹き飛ばしてあげたくて」
響くんは私を促し、グランドピアノの大きな椅子の隣のスペースをトントンと叩いた。
「ほら、ここに座って? キミのためだけの、世界一特別な特等席さ」
緊張しながら隣に座ると、響くんの爽やかなシトラスの香りがふわりと鼻をくすぐった。
響くんは優しく微笑むと、再び鍵盤に指を置いた。今度は、私の心をそっと包み込んでくれるような、とてもあたたかくて優しいメロディが紡ぎ出されていく。
「紬ちゃん、キミは一人じゃないよ。もしクラスで辛いことがあっても、ボクがキミのすぐ側にいて、この音楽でずっと守ってあげる。キミの笑顔が、ボクの最高の芸術なんだから」
演奏しながら、響くんが私の方を向いて、琥珀色の瞳を熱っぽく細めた。
その真っ直ぐな好意のエネルギーに、私の胸はドキドキと大きく波打った。
「響くん……ありがとう。すごく、心が軽くなった気がする」
「本当!? あぁ、もう、可愛すぎるなぁ!」
響くんは嬉しそうに私の肩に頭をすり寄せた。王子様みたいなのに、たまにこうして甘えてくるギャップが、私の心を激しく揺さぶる。
学校の雰囲気は、どこかどんよりとしていた。
それもそのはず、私のクラスの学級委員長である「松下さん」が、今朝から学校を休んでいるのだ。彼女はいつも真面目で、クラスの面倒な仕事を一人で引き受けてくれるような責任感の強い女の子だった。
「松下さん、最近ずっと疲れてるみたいだったもんね……」
「なんか、男子たちに仕事押し付けられて、裏で泣いてるの見たことあるよ」
クラスの女子たちのヒソヒソ話を聞いて、私はハッとした。
昨日、旧館を襲ったあの巨大な「心の霧」――。あの霧の奥から聞こえた「どうして私ばっかり」という掠れた声は、もしかして、松下さんの心の叫びだったのではないだろうか。
(もしそうなら……松下さんの心が完全に壊れちゃう前に、なんとかしなきゃ)
でも、自分に自信のない私に、一体何ができるだろう。
悶々と悩んだまま放課後を迎え、私はいつの間にか、吸い寄せられるように旧館へと足を向けていた。
最初に立ち寄ったのは、三階の理科室だった。
ドアを開けると、蓮くんがいくつかの試験管に怪しげな色の液体を注いで、実験をしているところだった。
「……遅かったじゃないか、マスター」
蓮くんは私の方を見向きもせずに言ったが、机の上には、なぜか私が好きなキャラクターのイラストが描かれたコップと、イチゴ味のキャンディが用意されていた。
「蓮くん、これ……?」
「お前の脳のエネルギーが不足していると、鍵の出力が下がるからな。ただの効率化のための栄養補給だ。……勘違いするなよ」
蓮くんはそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに言った。メガネの奥の目が、少しだけ泳いでいる。
「ふふ、ありがとう。ねえ、蓮くん。昨日の霧のことなんだけど……」
私は松下さんのこと、そして霧から聞こえた声のことを蓮くんに話した。
蓮くんは静かに私の話を聞くと、試験管をラックに置き、ゆっくりと私に近づいてきた。そして、私の目の前で立ち止まると、細い指先で私の顎をくいっと持ち上げた。
「お前は本当に、他人のことばかり気にするな。そんなに周囲にエネルギーを割いていたら、いつかお前自身が崩壊するぞ」
「でも……私、放っておけなくて」
「……お前のそういう非論理的な優しさは、僕の計算を狂わせる」
蓮くんの顔が、あと数センチというところまで迫る。彼の綺麗な瞳に、赤くなっている私の顔がまっすぐに映っていた。
「いいか、マスター。お前が誰かを助けたいなら、僕の力を好きなだけ使え。僕は僕の所有物(お前)の願いを叶えるためなら、どんな非科学的な奇跡だって起こしてやる。だから……他の部屋のやつらに頼ろうなんて、絶対に思うなよ」
(蓮くん……ツンツンしてるけど、すごく私のことを考えてくれてる……!)
「あ、あの、蓮くん、顔が近いよ……っ」
私が緊張で消え入りそうな声で言うと、蓮くんはハッと我に返ったように顔を赤くし、パッと手を離した。
「……フン。とにかく、栄養補給を忘れるな」
理科室を後にした私は、次に二階の音楽室へと向かった。
廊下にまで、美しくもどこか切ないピアノの旋律が響いてきている。ドアをそっと開けると、響くんが真剣な表情でグランドピアノに向かっていた。
「あ、紬ちゃん!」
私に気づいた瞬間、響くんの表情はパッと華やかな笑顔に変わった。彼はピアノの椅子から立ち上がると、私の手を両手で包み込むように握った。
「会いたかったよ! 今ね、キミのことを想いながら、新しい曲を作っていたんだ」
「私のことを……?」
「そうだよ。キミがクラスで何か悩んでるような顔をしてたから、ボクの音楽で、キミの心の曇りを全部吹き飛ばしてあげたくて」
響くんは私を促し、グランドピアノの大きな椅子の隣のスペースをトントンと叩いた。
「ほら、ここに座って? キミのためだけの、世界一特別な特等席さ」
緊張しながら隣に座ると、響くんの爽やかなシトラスの香りがふわりと鼻をくすぐった。
響くんは優しく微笑むと、再び鍵盤に指を置いた。今度は、私の心をそっと包み込んでくれるような、とてもあたたかくて優しいメロディが紡ぎ出されていく。
「紬ちゃん、キミは一人じゃないよ。もしクラスで辛いことがあっても、ボクがキミのすぐ側にいて、この音楽でずっと守ってあげる。キミの笑顔が、ボクの最高の芸術なんだから」
演奏しながら、響くんが私の方を向いて、琥珀色の瞳を熱っぽく細めた。
その真っ直ぐな好意のエネルギーに、私の胸はドキドキと大きく波打った。
「響くん……ありがとう。すごく、心が軽くなった気がする」
「本当!? あぁ、もう、可愛すぎるなぁ!」
響くんは嬉しそうに私の肩に頭をすり寄せた。王子様みたいなのに、たまにこうして甘えてくるギャップが、私の心を激しく揺さぶる。