放課後、秘密の特別教室。〜イケメンな精霊たちは、私をあきらめない〜
第12章:放課後の異界と、動き出した罠
千歳くんのいる保健室を出たときには、外はすっかり不気味なほどの紫色の夕暮れに包まれていた。
新館へと続く渡り廊下を歩いていると、ポケットの中の鍵が、まるで警報マシンのように激しく、規則的に熱を放ちはじめた。

(……うそ、この感覚、昨日よりもずっと強い……!)

心臓がバクバクと嫌な音を立てる。
そのとき、ガタガタガタッ! と学校中の窓ガラスが一斉に激しく震えた。
驚いて足を止めると、新館のほうから、どろりとした影のようなものが押し寄せてくるのが見えた。それはまたたく間に廊下の床や壁を侵食し、いつもの見慣れた校舎を、まるで闇の迷宮のように塗り替えていく。

「な、にこれ……!? みんなは? クラスのみんなはどこにいったの!?」

振り返っても、部活の掛け声も、居残りしている生徒たちの話し声も、一切聞こえない。世界から私一人だけが切り離されてしまったかのような、圧倒的な孤独と恐怖が襲いかかる。

「落ち着け、マスター。すでにここは、お前の知っている現実の校舎ではない」

背後から冷徹で、けれどひどく安心させる声が響いた。
慌てて振り返ると、理科室の蓮くんが、いつの間にか私のすぐ後ろに立っていた。銀縁のメガネの奥にある彼の瞳は、暗闇のなかで鋭く光っている。

「蓮くん……! これ、一体どうなっちゃってるの?」

「あの子――松下とかいう学級委員長の負のエネルギーが臨界点を超えたんだ。彼女の『消えてしまいたい』という強い絶望が、旧館の古い記憶と共鳴し、学校全体を異界へと引きずり込んだのさ」

蓮くんはそう言うと、私の手首をきゅっと掴んだ。彼の指先は少し冷たかったけれど、その力強さに私の震えが少しだけ収まる。

「僕の計算では、あと数分でこの階層の酸素濃度……いや、霊的濃度が跳ね上がる。僕の側を離れるな。僕の半径三十センチ以内にいるのが、最も生存確率が高い」

「ちょっと待ってよ、蓮! 紬ちゃんをそんな風に脅かすなんて、科学者失格だね!」

廊下の闇を切り裂くように、きらびやかな光をまとった響くんが現れた。彼はいつもの王子様のような笑みを浮かべ、蓮くんが掴んでいない方の私の手を優しくすくい上げた。

「紬ちゃん、怖がらなくていいよ。ボクがキミのために、この闇をすべて照らすようなファンタジーを奏でてあげるから。さあ、ボクと一緒にあの子を助けに行こう」

「響、お前は相変わらず状況が見えていないな」
暗闇の奥から、音もなく司くんが姿を現した。彼が開いている本からは、淡い青色の光が漏れ、私たちの足元を静かに照らしている。
「今回の霧は、彼女の『嫉妬』や『自己嫌悪』の迷路になっている。力任せに突き進めば、僕たちごと闇の底に囚われることになるよ」

「はは、みんな集まるのが早いねぇ。でも、お喋りはそこまでにしておこうか」
最後に、のんびりとした足取りで千歳くんがやってきた。彼の白衣が闇のなかで白く浮かび上がっている。けれど、その表情はいつもの優しいお兄さんのものとは違い、どこか冷酷な戦士のようだった。

「主犯の女の子は、新館の屋上にいる。あそこが、この異界の『核(コア)』だ。……紬ちゃん、覚悟はできた?」

千歳くんに見つめられ、私はきゅっと唇を噛みしめた。
人見知りで、いつもみんなの後ろに隠れていた私。だけど、今、私の手の中には彼らからもらった「鍵」がある。そして、苦しんでいる友達がいる。

「うん……! 私、松下さんを助けたい。みんな、私に力を貸してください!」

私の言葉に、四人の精霊たちは一瞬驚いたように目を見張った。けれど次の瞬間、彼らはそれぞれ、最高に愛おしそうな、そして不敵な笑みを浮かべた。

「当然だ、僕のマスター。お前のその言葉を待っていた」
「ボクのすべてを、キミに捧げるよ、紬ちゃん!」
「君の描く物語なら、僕がハッピーエンドにしてみせる」
「いいよ、僕の可愛いお姫様。最高の放課後にしようか」
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