放課後、秘密の特別教室。〜イケメンな精霊たちは、私をあきらめない〜
第7章:理科室の冷徹な計算と、放課後の呼び出し
「蓮……」
司くんが少しだけ不機嫌そうに目を細め、ゆっくりと私から体を離した。

そこに立っていたのは、腕を組んでメガネの奥の目をギラつかせている蓮くんだった。白衣のポケットに手を突っ込み、ツカツカと私たちに近づいてくる。

「お前、昼休みだからって油断も隙もないな。マスター、先生から頼まれた仕事なら、さっさと終わらせて教室に戻れ。こいつの言葉に惑わされると、脳の処理速度が低下するぞ」

「れ、蓮くん! どうしてここに?」

「お前が旧館の方向に歩いていくのが見えたからだ。まったく、危機感がなさすぎる。昨日あれだけの霧に襲われたっていうのに、一人でふらふらと歩き回るなんて、計算が合わなさすぎるだろう」

蓮くんはそう言うと、私の腕を少し強引に掴んで、自分の引き寄せた。

「お、おい! 蓮、君だって強引じゃないか。紬ちゃんが困っているよ」
司くんが静かに、けれど明確な怒りを孕んだ声で言った。

「黙れ。僕はマスターの安全を第一に考えているだけだ。お前のように、二人きりの空間を利用して精神的な誘導(洗脳)を試みているわけじゃない」
蓮くんは私を見下ろし、フッと鼻で笑った。
「行くぞ、マスター。段ボール箱は僕が持ってやる。お前は僕の隣を歩いていればいいんだ」

(蓮くんも司くんも、なんだか私を巡って火花を散らしてる……!?)

二人のイケメンの視線が空間で激突し、バチバチと音が聞こえそうなほどの緊張感が漂う。私は二人の間で、完全に縮こまるしかなかった。

「……あ、あの! 昼休みが終わっちゃうので、私、もう戻ります!」

私は司くんが選んでくれた本を抱えると、蓮くんの手をすり抜けて、大急ぎで図書室を飛び出した。後ろから「あ、おい!」「また放課後にね、紬ちゃん」という二人の声が聞こえたけれど、振り返る余裕なんてなかった。

その日の放課後。
私は昨日拾った真鍮の鍵を見つめながら、どうするべきか悩んでいた。
普通なら、もう旧館には近づかない方が安全かもしれない。けれど、昨日のあの黒い霧がまたいつ現れるか分からないし、何より、四人の精霊たちが私のことを待っていると思うと、どうしても放っておけない気持ちになってしまうのだ。

「……よし、少しだけ様子を見に行ってみよう」

意を決して旧館へと向かう。まずは、一番入りやすい一階の保健室に行ってみることにした。
保健室の扉をそっと叩くと、「はーい、どうぞ」という、あの眠たげで優しい千歳くんの声が聞こえてきた。

「失礼します……」

「おや、紬ちゃん。いらっしゃい」

中に入ると、白いカーテンで区切られたベッドの横で、千歳くんが丸椅子に座って笑顔で私を迎えてくれた。彼の羽織る白衣からは、相変わらずラベンダーの心地よい香りがしている。

「どうしたの? どこか具合でも悪い? それとも……僕に会いに来てくれたのかな?」

「あ、えっと……昨日のことも気になりましたし、皆さんがどうしているかなって思って」

「そっか。嬉しいなぁ」
千歳くんは立ち上がると、私の頭を優しく撫でた。彼の大きな手のひらは、とてもあたたかくて、私の緊張がすーっと解けていくのが分かった。

「蓮や響たちは、きっと君を取り合ってうるさくしているでしょ? あの子たちは若いからね。でも、ここは保健室だから。君が静かに休めるように、僕が一番気持ちいいベッドを貸してあげる。ほら、ちょっと横になってみなよ」

千歳くんはそう言って、真っ白なシーツが敷かれたベッドのカーテンを開けた。

「えっ、でも、私、元気ですし……」

「いいからいいから。心の疲れは、体に自覚が出にくいものなんだよ。君は昨日、あんなに頑張って鍵の力を解放したんだから、本当はすごく疲れているはずさ」

千歳くんの優しい目に促され、私は断りきれずにベッドの端に腰掛けた。すると、千歳くんも私のすぐ隣に腰を下ろし、私の顔を覗き込んできた。

「ねえ、紬ちゃん。僕、君のことすごく気に入っちゃったんだ。君がもしよかったら、毎日放課後、ここを君だけの秘密の隠れ家にしてもいいんだよ? 他のやつらには内緒でさ……」

千歳くんの左目の下の泣きぼくろが、夕暮れの光の中でどこか妖艶に光る。彼の長い指が、私の手首にそっと触れた。その指先は、お医者さんのように私の脈を測っているようでもあり、優しく愛撫しているようでもあった。

(千歳くん……すごく優しくて安心するお兄さんだけど、なんだか、このまま流されちゃいそうな、不思議な大人の魅力がある……っ)

私が緊張で固まっていると、突然、保健室のドアが勢いよくバァン!と開いた。

「ーーちょっと待ったぁーーーっ!!! 千歳、お前ずるいぞ!!」

大声を張り上げて入ってきたのは、お馴染みの金髪王子様、音楽室の響くんだった。
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