滅びの魔女と楽園の神官
第一話 滅びの魔女
「だから明日を待てって言ってんだろ!」
ヴィンセントは日の出とともに近くの村を出て、昼前に街に着いたところだった。ただ事ではなさそうな怒鳴り声が聞こえ、声のしたほうへと足を向けた。
街道沿いにある宿場街の、小さめの宿のひとつ、その前で、宿屋の主人が肩をいからせている。彼と向かい合っているのは、旅装の少女だ。
歳は十七、八くらいか、柔らかそうな色素の薄い髪を肩に流し、旅装の上からでもほっそりとした体つきがうかがえる。彼女は、その儚げなさまから想像するか弱さを感じさせない、芯のある声音で、きっぱりと言った。
「ご心配には及びません。これでも旅慣れていますから。少しでも早く、次の街に着きたいのです」
「だから、明日になれば郵便馬車が来る。それに乗せてもらえばいいじゃねぇか」
「馬車が街を出るのは、昼過ぎでしょう。今からわたしがこの街を出たほうが、コレルには早く着きます」
双方譲らぬ言い合いを、街の人々がぐるりと取り囲んで見ている。
宿を出て出発しようとする少女を、宿屋の主人が引き留めているらしかった。
少女にどのような事情があるのかはわからないが、彼女の言うとおり、急ぎなら明日の郵便馬車を待つより、徒歩でも今出たほうが早い。
一方で、コレルという街へ行く途中で森を抜けねばならず、少女がひとりで向かうには、賊にせよ獣にせよ、危険が多いのも確かだった。
宿屋の主人の心配もわかる。しかし、少女にも譲る気はなさそうだ。
埒が明かないと思ったのか、少女は主人に背を向けて、周囲を囲む人垣も気にせず、迷いのない足取りで歩き出した。ところが街の人々は、道を開けようとしない。
「お嬢ちゃん、やめときな」
どこからかかけられた声にも、少女は首を振った。
「わたしは、大丈夫ですから」
頑なな少女の態度に、街の人々がやや気色ばむのを見て、ヴィンセントは思わず人垣をかきわけ、少女のもとへ近寄った。人々の注意が、少女からヴィンセントへと向く。
「それならば、僕がともにゆきます」
人々は、ヴィンセントを見て胡乱な顔をした。
ヴィンセントは、自分でもわかってはいたが、武器らしいものも持たない、線の細い青年だ。彼ひとり加わったところで、少女が安全に旅をできるものか、と、思われているようだった。
「今から出れば、日没前には森を抜けることができます。森の向こうの街道沿いにも、宿がありますから」
「だがねえ兄ちゃん、最近は何かと物騒だし」
「大丈夫よ。あなたがたが思うより、わたしは自分の身を守れます。心配してくださるのは嬉しいけれど、無理矢理ここに留められるすじあいはないわ」
少女は、ヴィンセントを迷惑に思っているのか、それとも有り難く思っているのかわからない、静かな視線でヴィンセントを見上げた。それもほんの一瞬だ。すぐにまっすぐ前を見て、歩みを止めないことで、わずかにできる人の隙間を通り抜けた。
思わず見送ってしまったヴィンセントは、慌てて彼女のあとを追う。
「一緒に行きますよ」
拒まれるかとの予想に反し、少女は何も言わなかった。ヴィンセントが横に並んでも、気にしないふうに歩いている。
止めても無駄だと悟ったのか、街の人々も、それ以上追ってはこなかった。
城門など無い、小さな宿場町である。しばらく歩けば建物も途切れ、あとはひたすら街道が続く。
周囲にひと気も無くなったところで、ヴィンセントは改めて少女に声をかけた。
「魔女狩りですか」
少女は足を止めないまま、隣のヴィンセントにちらと顔を向け、うなずいた。
「今夜あたり、軍の魔女狩りが来ると、どこからか情報が漏れているのでしょう」
「それであなたを引き留めて、魔女として引き渡すつもりだったのですね」
「おそらくは」
短く答え、少女は口を閉ざす。
ヴィンセントがどこの誰かも、何を目的に少女を助けたのかも、彼女は訊いてこなかった。
少女の色素の薄い金髪が、風を受けてさらりと舞う。瞳も、薄い灰色だった。
その淡い輝きはまるで、夜空に散らばる星のようだ。
ヴィンセントは日の出とともに近くの村を出て、昼前に街に着いたところだった。ただ事ではなさそうな怒鳴り声が聞こえ、声のしたほうへと足を向けた。
街道沿いにある宿場街の、小さめの宿のひとつ、その前で、宿屋の主人が肩をいからせている。彼と向かい合っているのは、旅装の少女だ。
歳は十七、八くらいか、柔らかそうな色素の薄い髪を肩に流し、旅装の上からでもほっそりとした体つきがうかがえる。彼女は、その儚げなさまから想像するか弱さを感じさせない、芯のある声音で、きっぱりと言った。
「ご心配には及びません。これでも旅慣れていますから。少しでも早く、次の街に着きたいのです」
「だから、明日になれば郵便馬車が来る。それに乗せてもらえばいいじゃねぇか」
「馬車が街を出るのは、昼過ぎでしょう。今からわたしがこの街を出たほうが、コレルには早く着きます」
双方譲らぬ言い合いを、街の人々がぐるりと取り囲んで見ている。
宿を出て出発しようとする少女を、宿屋の主人が引き留めているらしかった。
少女にどのような事情があるのかはわからないが、彼女の言うとおり、急ぎなら明日の郵便馬車を待つより、徒歩でも今出たほうが早い。
一方で、コレルという街へ行く途中で森を抜けねばならず、少女がひとりで向かうには、賊にせよ獣にせよ、危険が多いのも確かだった。
宿屋の主人の心配もわかる。しかし、少女にも譲る気はなさそうだ。
埒が明かないと思ったのか、少女は主人に背を向けて、周囲を囲む人垣も気にせず、迷いのない足取りで歩き出した。ところが街の人々は、道を開けようとしない。
「お嬢ちゃん、やめときな」
どこからかかけられた声にも、少女は首を振った。
「わたしは、大丈夫ですから」
頑なな少女の態度に、街の人々がやや気色ばむのを見て、ヴィンセントは思わず人垣をかきわけ、少女のもとへ近寄った。人々の注意が、少女からヴィンセントへと向く。
「それならば、僕がともにゆきます」
人々は、ヴィンセントを見て胡乱な顔をした。
ヴィンセントは、自分でもわかってはいたが、武器らしいものも持たない、線の細い青年だ。彼ひとり加わったところで、少女が安全に旅をできるものか、と、思われているようだった。
「今から出れば、日没前には森を抜けることができます。森の向こうの街道沿いにも、宿がありますから」
「だがねえ兄ちゃん、最近は何かと物騒だし」
「大丈夫よ。あなたがたが思うより、わたしは自分の身を守れます。心配してくださるのは嬉しいけれど、無理矢理ここに留められるすじあいはないわ」
少女は、ヴィンセントを迷惑に思っているのか、それとも有り難く思っているのかわからない、静かな視線でヴィンセントを見上げた。それもほんの一瞬だ。すぐにまっすぐ前を見て、歩みを止めないことで、わずかにできる人の隙間を通り抜けた。
思わず見送ってしまったヴィンセントは、慌てて彼女のあとを追う。
「一緒に行きますよ」
拒まれるかとの予想に反し、少女は何も言わなかった。ヴィンセントが横に並んでも、気にしないふうに歩いている。
止めても無駄だと悟ったのか、街の人々も、それ以上追ってはこなかった。
城門など無い、小さな宿場町である。しばらく歩けば建物も途切れ、あとはひたすら街道が続く。
周囲にひと気も無くなったところで、ヴィンセントは改めて少女に声をかけた。
「魔女狩りですか」
少女は足を止めないまま、隣のヴィンセントにちらと顔を向け、うなずいた。
「今夜あたり、軍の魔女狩りが来ると、どこからか情報が漏れているのでしょう」
「それであなたを引き留めて、魔女として引き渡すつもりだったのですね」
「おそらくは」
短く答え、少女は口を閉ざす。
ヴィンセントがどこの誰かも、何を目的に少女を助けたのかも、彼女は訊いてこなかった。
少女の色素の薄い金髪が、風を受けてさらりと舞う。瞳も、薄い灰色だった。
その淡い輝きはまるで、夜空に散らばる星のようだ。