滅びの魔女と楽園の神官
星読みの予言によって舵取りがなされるこの国では、星は、何より尊ばれている。
それなのに、星のような輝きを纏う少女が、魔女狩りの生贄にされかけるとは。
(予言で滅ぶより、人心が荒れ果てるほうが先なのでは……)
ヴィンセントはため息をついて、少女の歩幅に合わせ、彼にとっては少しゆっくりした速度で並んで歩いた。
太陽の位置がやや低くなり、遠目に森が見えてくるころになってようやく、ヴィンセントは少女の名を尋ねる気になった。ここまで一緒に来て拒まれなかったから、そばにいることを許されたとみなしたのである。
「僕はヴィンセント。あなたのお名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「ノイン」
ヴィンセントは、自身の姓を名乗らず、だから、少女にも尋ねなかった。
姓は出自を示唆する。実のところ、ヴィンセントには姓が無く、そこから推測される身分を彼女に明かせない事情もあった。
「ノイン嬢」
「敬称はいりません。敬語も」
「では、僕のこともヴィンセント、と。僕のこの口調は素のものです。ノインこそ、どうぞ楽に話してください」
ノインは、しばし探るような目でヴィンセントを見上げた。ヴィンセントが黙ってその視線を受け止めていると、警戒を解いたのか、彼女のまなざしが優しくなる。
「それなら、お言葉に甘えて」
そう言いつつ、ノインに、雑談と呼べるような話を始める気配はなかった。
彼女の隣を歩きながら、ヴィンセントは憂いに心を曇らせていた。
魔女狩り。
ここ数年、国はこの忌まわしい取り締まりでざわついている。
始まりはひとつの予言だった。
『この国の中にいる何者かが、やがて国を滅ぼす』
大神殿の神官が、星の瞬きに、滅びの予兆を読んだ。
一報を受けた王宮には激震が走り、国王は即座に、大臣、神殿、軍、貴族などへ原因を突き止めるよう命じた。一介の村人でさえも、怪しまれたらただちに捕らえられて尋問を受け、書物や新聞は検閲が強化され、動揺はたちまち国のすみずみまで広がっていった。
(この国は『楽園』でした。……ほんの数年前まで)
平和で実りも豊か、人々が幸福に暮らす国。
星読みの神官たちが読み取る予言に従うことで、何百年も不思議な恵みを享受してきた。
ヴィンセントは小さく息をつき、空を仰いだ。昼間でも、ヴィンセントの目には星の光が見える。淡く美しいのに、それを恐ろしく思う日が来るなんて。
楽園は失われつつある。魔女狩りはその象徴とも言えよう。
国が不穏分子とみなしたものを片端から始末していたさなかに、根絶やしにするはずだった一族の子どもをひとり、とり逃がしてしまった。
今では苛烈極まる魔女狩りも、もとは、燃えるような金髪と金の目を持つその子どもを捕らえんと始まったものだ。
その子は当時、十をいくつか過ぎた程度だったという。
それから五年。『魔女』は十代後半と思われる。
いっこうに見つからない『魔女』に国はしびれを切らし、いまや濃い金髪に金の目を持つその年頃の者なら、手当たり次第に捕らえられるようになった。
(……それでも、星の予兆はいまだ消えない)
ヴィンセントは目を伏せ、隣を歩く少女を見下ろした。
色素の薄いノインは、濃い金髪に金の目という条件には当てはまらない。
それでも狙われたのは、ノインのようなよそ者が、魔女がいると疑われた街の人々にとって、格好の生贄だからだ。
もしくは、魔女を突きだした際の報奨金が目当てだったかもしれない。髪の色が違う理由など、いくらでもでっち上げられる。
「ヴィンセント、具合が悪いの?」
もの思いに耽っていたヴィンセントは、はっとして我に返った。ノインが、相変わらず静かなまなざしでヴィンセントを見上げていた。
「いいえ。魔女狩りについて、考えていたのです」
ヴィンセントが憂うつにため息をつくと、ノインは、つい先ほど自身が犠牲にされかけたとは思えないほどの冷静さで、「国王は愚かね」とうなずいた。
「ノイン、そのように王を貶しては、それこそ魔女として捕らえられてしまいますよ」
「あなたしか聞いていないでしょう」
ヴィンセントを信用しているかのように聞こえても、ヴィンセントには、どうにもノインの内心が読めなかった。もしも今、ヴィンセントが彼女を捕らえようというそぶりを見せたら、彼女は予期していたかのようにあっさりと身をかわし、逃げてゆくような気もする。
凪いだ瞳にじっと見つめられると、ヴィンセントの何もかもを見透かされる心地がした。
「もしも魔女が、たったひとりで国を滅ぼせるような力を持つのなら、どれだけ探しても捕まえられるわけがない」
ノインは恐れもせず、ひと言で王の失政を切り捨てた。
それなのに、星のような輝きを纏う少女が、魔女狩りの生贄にされかけるとは。
(予言で滅ぶより、人心が荒れ果てるほうが先なのでは……)
ヴィンセントはため息をついて、少女の歩幅に合わせ、彼にとっては少しゆっくりした速度で並んで歩いた。
太陽の位置がやや低くなり、遠目に森が見えてくるころになってようやく、ヴィンセントは少女の名を尋ねる気になった。ここまで一緒に来て拒まれなかったから、そばにいることを許されたとみなしたのである。
「僕はヴィンセント。あなたのお名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「ノイン」
ヴィンセントは、自身の姓を名乗らず、だから、少女にも尋ねなかった。
姓は出自を示唆する。実のところ、ヴィンセントには姓が無く、そこから推測される身分を彼女に明かせない事情もあった。
「ノイン嬢」
「敬称はいりません。敬語も」
「では、僕のこともヴィンセント、と。僕のこの口調は素のものです。ノインこそ、どうぞ楽に話してください」
ノインは、しばし探るような目でヴィンセントを見上げた。ヴィンセントが黙ってその視線を受け止めていると、警戒を解いたのか、彼女のまなざしが優しくなる。
「それなら、お言葉に甘えて」
そう言いつつ、ノインに、雑談と呼べるような話を始める気配はなかった。
彼女の隣を歩きながら、ヴィンセントは憂いに心を曇らせていた。
魔女狩り。
ここ数年、国はこの忌まわしい取り締まりでざわついている。
始まりはひとつの予言だった。
『この国の中にいる何者かが、やがて国を滅ぼす』
大神殿の神官が、星の瞬きに、滅びの予兆を読んだ。
一報を受けた王宮には激震が走り、国王は即座に、大臣、神殿、軍、貴族などへ原因を突き止めるよう命じた。一介の村人でさえも、怪しまれたらただちに捕らえられて尋問を受け、書物や新聞は検閲が強化され、動揺はたちまち国のすみずみまで広がっていった。
(この国は『楽園』でした。……ほんの数年前まで)
平和で実りも豊か、人々が幸福に暮らす国。
星読みの神官たちが読み取る予言に従うことで、何百年も不思議な恵みを享受してきた。
ヴィンセントは小さく息をつき、空を仰いだ。昼間でも、ヴィンセントの目には星の光が見える。淡く美しいのに、それを恐ろしく思う日が来るなんて。
楽園は失われつつある。魔女狩りはその象徴とも言えよう。
国が不穏分子とみなしたものを片端から始末していたさなかに、根絶やしにするはずだった一族の子どもをひとり、とり逃がしてしまった。
今では苛烈極まる魔女狩りも、もとは、燃えるような金髪と金の目を持つその子どもを捕らえんと始まったものだ。
その子は当時、十をいくつか過ぎた程度だったという。
それから五年。『魔女』は十代後半と思われる。
いっこうに見つからない『魔女』に国はしびれを切らし、いまや濃い金髪に金の目を持つその年頃の者なら、手当たり次第に捕らえられるようになった。
(……それでも、星の予兆はいまだ消えない)
ヴィンセントは目を伏せ、隣を歩く少女を見下ろした。
色素の薄いノインは、濃い金髪に金の目という条件には当てはまらない。
それでも狙われたのは、ノインのようなよそ者が、魔女がいると疑われた街の人々にとって、格好の生贄だからだ。
もしくは、魔女を突きだした際の報奨金が目当てだったかもしれない。髪の色が違う理由など、いくらでもでっち上げられる。
「ヴィンセント、具合が悪いの?」
もの思いに耽っていたヴィンセントは、はっとして我に返った。ノインが、相変わらず静かなまなざしでヴィンセントを見上げていた。
「いいえ。魔女狩りについて、考えていたのです」
ヴィンセントが憂うつにため息をつくと、ノインは、つい先ほど自身が犠牲にされかけたとは思えないほどの冷静さで、「国王は愚かね」とうなずいた。
「ノイン、そのように王を貶しては、それこそ魔女として捕らえられてしまいますよ」
「あなたしか聞いていないでしょう」
ヴィンセントを信用しているかのように聞こえても、ヴィンセントには、どうにもノインの内心が読めなかった。もしも今、ヴィンセントが彼女を捕らえようというそぶりを見せたら、彼女は予期していたかのようにあっさりと身をかわし、逃げてゆくような気もする。
凪いだ瞳にじっと見つめられると、ヴィンセントの何もかもを見透かされる心地がした。
「もしも魔女が、たったひとりで国を滅ぼせるような力を持つのなら、どれだけ探しても捕まえられるわけがない」
ノインは恐れもせず、ひと言で王の失政を切り捨てた。