ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
翔樹は乗ってきた自転車で先に帰っていき、私たちは父の車へと移動した。
「実はね、いろはの『お父さん』という方が来て……」
車に乗ってすぐ、母が教えてくれた。
車はエンジンをかけたまま、まだ駐車場から出ていない。
「DNA鑑定の結果が出たから、今後のことを相談したいって」
助手席の母が、後部座席に体を向けて話してくれる。
……え? でも。
私は疑問が沸いた。
「その人は、いろはが自分の子供だってどうして知ってるんですか?」
「警察が説明してくれたそうよ」
思わず身を固くした。
「警察にバレてしまって大丈夫なんですか?」
公表されてしまうんじゃ……。
私の懸念を拾ったのか、父が会話を引き継いだ。
「事情は全部話してあるよ。それに戸籍を戻すために各方面に尽力してもらった。学校にも話せばいつか広まってしまうだろう。すまない……」
「い、いえ」
私は左右に首を振った。
「渚央といろはがマスコミや世間に面白おかしく扱われてしまうことだけは避けたい。その策は打つつもりだが、何が起こるか正直分からない」
そうなんだ……。
世間に黙っているのは、いろはのことを守りたいのだと思っていた。
だけどそれも誤解だったんだろう。私が勝手に想像しただけ……。
「全部、覚悟してます」
胸を張って堂々と言った。
子供だった頃は流されるままだった。
でも今日は違う。
世間に好き勝手されることになっても、もう自分を隠して生きたくない。ただ……、
「いろはは、大丈夫ですか?」
窺うように、母を見る。
それで環境が大きく変わってしまうのは、いろはもだ。
「いろははあまり強くないから、少し心配ね」
母が声を落とした。
「……みんなで乗り越えるしかない」
父の言葉が、静かな車内に重く落ちた。
その通りだ。
いろはもなんとか踏ん張って生きる以外ない。――私も、そうしてきた。
父がハンドルに手を掛けた。
アクセルがゆっくり踏み込まれた。
秋の準備をしている落葉樹が風に揺れ、音を立てていた。