ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜

1-2 偽りの再会


 クリニックの患者はほぼ全員、他の病院へと移った。

 舞は、直樹の妻とは別の病院に受け入れられ、一週間後に退院し自宅へと戻った。
 クリニックがあれほどの被害だったにもかかわらず地盤や地形の影響か、舞の実家は無傷だった。直樹の家はどうだったのだろうか……。我が子の安否も含め、一瞬も気が休まらなかった。

 ……どうしよう。
 直樹の子に母乳を与えながら、舞は後悔と恐怖に震えていた。
 取り返しのつかないことをしてしまった。いや、まだ間に合う……。
 気づかれないように入れ替えれば。


 退院と同時に、佳苗に連絡を入れた。
「蓮見くんの奥さん、大丈夫だった? 退院まだよね?」
 心配するふりで直樹たちの情報を探った。
「ニュースで見たけど、蓮見くんちがある温泉街が被災したって……、佳苗ちゃん、なにか知ってる?」
「旅館自体は影響ないらしいけど、水道管が破裂しちゃって温泉が出ないって。早く復旧するといいんだけどね」
「あのさ、蓮見くんちの赤ちゃんって何型?」
「え?」
 無意識に聞いていた。唐突すぎる質問に電話の向こうで佳苗が黙っている。
「あっ、個人情報とかあるよね、相性どうかと思って……」
「一ヶ月検診で調べると思うけど、夫婦とも同じ血液型だったから、お子さんも同じかなあ」
 直樹の血液型なら知っている。自分と同じだ。
 舞は少し安心できた。
 

 それから数日後――
 
 直樹の妻の退院を待って『蓮見旅館』を訪ねた。
 入れ替えるなら早い方がいい――。
 

 旅館は営業を停止していたが数人の従業員は片付けをしていて、舞の訪問にすぐ対応してくれた。
 舞は自宅へと案内された。

「私も会いたいと思っていたの! 座って座って」
 直樹の妻は長年の友達にでも会ったかのように舞を歓迎してくれた。
 「赤ちゃん、こんにちは」と舞の腕に抱かれた子にも言葉を掛けてきた。
 舞は子供の顔が見えるか見えないかのギリギリの角度を保って『こんにちは』と代弁者気取りで挨拶を返した。服の中は汗でぐっしょりだった。
 ……気付いたかな? 自分の子供だって分かったかな?

 興味を逸らすため、早口で話題を替えた。
「あのまま離れ離れになっちゃって、すごく気になってて。けど同級生の奥さんだなんて、世間は狭いよね」
「私も主人から聞いてびっくりしたの」
 さらっと"主人"と言われ、開いた心の傷口が広がった気がした。

「っていうか私たち、お互い名前も名乗らずにお喋りしていたのよね」
 直樹の妻が、ふふふ、と幼く笑った。
「私は山都舞だよ」
「私は蓮見乙葉(おとは)よ。でねっ、子供の名前はいろは! 女の子だったら名づけは私って約束してたんだ」
 乙葉に続いて舞もベビーベッドの中を覗き込んだ。――私の子、似てるのかどうかもわからないけれど私が産んだ、子。
 よく見ると、細い鼻の形が自分に似ている――ような気がした。

「いろはちゃん、すてきな名前だね」
 言いようのない不安を必死に逃がしながら会話を続けた。
「でしょ、でしょ。ずっと前から決めてたの。山都さんのお子さんは?」
「あ、渚央にしたよ」
「可愛い名前ね」
 会話の途中、足音が近づいてきた。
 ドアが開き直樹が入ってきた。
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