ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
「山都さんいらっしゃい。地震大変だったね」
「温泉が止まったってニュースでやってたけど、今も?」
「うん。温泉でも出ればさ、被災者を受け入れてゆっくりしてもらえるんだけどね」
「立派だね……」
他人を思いやれる直樹が、自分の夫でもないのに誇らしかった。
「いろはちゃーん、いろはも怖かったよなあ」
直樹が子供を抱き上げて頬ずりをし、その頬に唇をつけた。
!
舞の世界が一瞬で輝いた。
……私の子に、蓮見君が……。
舞はまるで自分が抱きしめられキスをされているような感覚に陥った。自分も、直樹の子に直樹を重ねているせいだった。
「そうだ、山都さん、働くところ決まった?」
胸を焦がしていると乙葉が話しかけてきた。
「まだ。子供を預けられなくて。仕事してないと申し込めないって言われちゃって」
乙葉と直樹が目配せをした。
「主人とも話してたんだけど、山都さん、よかったらうちの旅館で働いてくれない?」
「――!」
思いもよらない提案に喉が鳴った。
「保育園もね、お義父さんの顔が広いから一歳未満でも預かってくれるところに入れるの。あとひとりぐらい大丈夫だから、どうかな」
「……」
願ってもないありがたい提案だったが、乙葉が舞の事情を直樹に話したと気付き、恥ずかしさに震えた。
「出産前、山都さんがお喋りにつきあってくれたでしょう、とっても心強かったの」
「……」
「地震がきた時も私を起こしてくれたよね。じゃなきゃ私、死んでたかもしれないし」
……起こした? 私がいつ?
「あんな極限な状態で気に掛けてくれて、いい人だなって思ったんだ」
……は? "勘違い"で私に親切を施そうとしてるってこと?
無言の舞を前に、直樹が口を開いた。
「同情に聞こえて嫌かもしれないけど、山都さんも子供養っていかなきゃ、だろ? うちも人手不足だから助かるし。これも何かの縁と思って考えてくれない?」
「……っ」
……そんな心配そうな目、ずるい。
直樹の窺うような眼差しに、乙葉への複雑な気持ちが一瞬で散った。
……蓮見君のそばにいられるならもうなんでもいい。
「……ほんとに、いいの?」
舞は直樹だけを見上げて、縋るように聞いた。
……あなたのそばにいて、いいの?