ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
――「おつかれ」
いろはが、私の頬に飛んだ墨を塗れタオルで拭き始めた。
「なんでこんなとこ汚すのよ」
新品の白上着に付いた墨を見て、いろははがみがみ言い出した。
「服が汚れるのはしょうがないし」
隣で聞いていた陸が会話に入ってきた。
「それにしたって、こんな関係ないとこに飛ぶ?」
陸といろはは、いつのまにか普通に喋るようになった。
「いろは、おまえの振袖にも付いてる!」
翔樹に教えられて、いろはの顔から血の気が引いた。母と祖母が慌てていろはを連れて行った。晴樹が後を追う。
「まったく騒がしいな」
父が呟き、大樹も頷く。祖父が苦笑している。
――まあ、こんな感じで、私たちはなんとかやっている。
私たち家族は、誰ひとり傷つかないではいられなかった。
ただ普通でよかったのに、
普通に、家族になることができなかった。
それを恨む夜はこの先もやってくるだろう。
どうしてこんな運命を与えられなければならなかったのかと。
「渚央、あっちで俺たちを呼んでる」
陸に肩を叩かれて、視線の先を見た。
地元の広報誌が取材に来ているのだ。
「やばい、写真写り悪いのに」
私は耳にかかる髪を整える。
「いまさら」
陸の小声は聞かなかったことにして、ふたりでいそいそと向かう。
――でも、
朝になれば、起き上がるのだ。
日常を重ねていく。
そうやって過ぎる日々には家族がいる。
もう私だけ、違う朝じゃない。
【完】


