ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
直樹は「もちろん!」と力強く答えてくれた。
「ありがとう、一生懸命働くね」
乙葉に背中を擦られながら、舞は涙ながらに直樹に向かって感謝の言葉を口にした。
そして、やましさを隠すために深く頭を下げた。
腕の中の子供が苦しそうに唸り、慌てて姿勢を戻す。
「全然泣かないね、いい子ね」
乙葉が感心していた。
「病院でも、『こんなに手が掛からない赤ちゃんいないよ』って言われたの」
……まるで遠慮しているみたいに。
「うちのいろはは欲望に忠実だよなあ」
!
冗談めいた直樹の言葉が、うしろめたい舞の心に鋭く刺さった。
……私が産んだ子だから、かな。
「……」
舞は、こんな時でもじっとしている腕の中の子を見た。
……"本当のパパとママのところに戻りたい"って泣き叫べばいいのに。
「ふぎゃ、ふぎゃあっ、ふぎゃああ」
渚央ではなく、いろはの泣き声が空気を劈いた。
舞はハッとして顔を上げた。心臓を掴まれたようになった。
その鳴き声は怒りに満ちている――ように舞には感じられた。
……私の本当の赤ちゃん、ママを恨んでいるよね、
……ママ、もうどうしたらいいかわからないよ、
「いろはちゃんに悪いから、今日はこの辺で失礼するね」
泣き声は止む気配がなく、あやす直樹と乙葉の『親としての顔』にも居たたまれず、舞は"赤ちゃんのせい"にして蓮見家から逃げ出した。
結局この日、舞は子供を元に戻すことができなかった。
そんな隙など微塵もなかったことに加え、それが不可能であることに気づいたからだ。
お互いの子供たちの顔には、既に個性が出てしまっていた。
冷静に考えれば当たり前の話だった。もし入れ替えが成功したとしても『さっきまで抱いていた子』かそうじゃないかなど、親なら一瞬で気づく。
その日、舞は寝ずに考えた。
地震の混乱で新生児室はひどい有様だった。子供が寝ていたベッドが倒れたかもしれないし、"親切な誰か"がリストバンドを外したかもしれない。パニックの中、予測不能なことが起きていたとしても不思議ではない……。
……きっと、私も『被害者』なのよ。
頭の中、猛スピードで想像が現実へと書き換わっていく。
……私は"何も知らない"の。それでいいじゃない!
舞は強制的に記憶をすり替えた。
……だって、もう手遅れなんだから。
舞は、自分は正気じゃない――と、考えることからも、逃げた。