ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
1-4 後戻りできない道
乙葉が産んだ末の息子、晴樹は三才になった。
そして、どれだけ月日を費やしても、舞と直樹の仲は進展も後退もしなかった。
……こんなはずじゃ、なかったのに。
舞は歯噛みした。
乙葉の出産後、若女将の仕事と子育てで多忙な時、直樹の気が緩んだ時――チャンスは何度かあった。
「蓮見君、もしかして乙葉さんとうまくいってない?」
表情が冴えない日にはそっと近づいて聞いてみた。
「あー。女の人は仕事と子育てで疲れてるからさ、しょうがないよなあ」
直樹が何を言いたいのか理解した。
「最近、筋トレ始めたんだ」
直樹は、自身の性欲の強さを笑い話に変えた。
「女の人は結婚しちゃったら旦那さんより子供になるからね。乙葉さんも蓮見君がそういう人だって知ってるんでしょ? だったら浮気ぐらい平気よ」
『友人』として、浮気へと誘導するアドバイスも送り続けた。
そんな日々を重ねたある日、
直樹とふたりきりになるチャンスがやってきた。
それは、毒だと知ってもかぶりつきたい甘く熟れた誘惑だった。
――「舞さんっ、今出られる?」
早番の夜、直樹たちが暮らす家へ食事を届けに行くと、乙葉が慌てていた。
「どうかしたの?」
「直君が、お財布持たないで飲みに行っちゃったみたいで」
「ええっ?」
乙葉は気を抜くと直樹を『直君』と呼ぶ。
そのたびに、舞はおもしろくない気持ちになった。
「届けに行くって言っちゃったんだけど、いろはが気持ち悪いって……さっき、吐いちゃって」
「どうしてっ? なにか悪いもの食べた?」
舞は思わず引っ掻いた声で聞いていた。
いろはになにかあったらと思うと、居ても立っても居られなかった。
「たぶん消化不良だと思うんだけど。もしものときはお兄ちゃんたちに晴君を頼んで、病院行きたいし」
「大丈夫?」
「直君が戻って来るまでなら側に居てくれると思う」
「そういうことなら、こっちは任せて。私が届けてくるから、乙葉さんはいろはちゃんのそばにいてあげて」
「舞さん、いつもありがとう――うちの車使ってね。ナビに店の住所入ってるから」
舞は乙葉から鍵をあずかり、庭先のミニバンに乗り込んだ。行き先をセットして走り出す。
……いろは、大丈夫かな。
ハンドルを握りながらもいろはの体調が気掛かりで、何事もないよう祈った。
「……」
対向車も後続車もこない脇道を黙々と運転していると意識が徐々にいろはから離れ、直樹に固定された。
直樹は今、酔っている――
その現実に行き着いた。