ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
はっとして、直樹を見た。
「ま、舞さ……ん?」
直樹が頭を押さえながら上半身を起こそうとする。舞はおもわず、その体をシートに戻した。
「蓮見君が、誘ったんだから……ね」
舞は半ば、脅しのような早口で迫った。
直樹の驚いた顔には一片の好奇心も欲望も浮かんでいない。その事実に舞は傷つき、無理矢理唇を重ねた。
「うっ」
「蓮見君、私も女だよ、普通にしたいときあるの、だから私と」
重なっている体を直樹に剝がされそうになり必死に縋った。両手で直樹の首元を絡まって。
「ちょ――と、待って……」
直樹がシートを後ろに下げた。
舞の膝が緩んで、フロアマットに落とされた。直樹が開けた助手席のドアから冷気が入ってくる。
「舞さん一回、降りて」
舞は従った。
「――俺、なんかやらかしたみたいで、ほんと、ごめん」
直樹は額を押さえ、酔った息を吐いた。
まだ“正気”ではない――その事実に舞は背中を押された。
「そんなマジメに考えるようなこと?」
直樹は左右に首を振った。
「さすがに俺、そこまでクズじゃないよ、うちで働いてくれてて、乙葉が信用してる人とは、さ」
「……なにそれ」
蓮見旅館に就職するよりも、乙葉と知り合うよりも先に、自分たちには『同級生』という繋がりがある。
「じゃあ私が旅館辞めたらいいわけ? そしたら私ともできるの?」
今まで必死に働いてきたのは、直樹といつか結ばれるためだった。なのに直樹に拒絶される理由がそれなんて、あんまりだ。
舞は、めくれたシャツを屈辱の中で整えた。
怒りと憎しみは、直樹ではなく乙葉に向かう。
自分を旅館で働くよう口説き、『直樹の妻』と親しくしなければならない立場に立たせた――乙葉に。
「俺、代行呼ぶわ。タクシー代出すから、舞さん、ごめん……」
直樹はシートに沈んだ。
「……」
舞は助手席のドアを閉め、運転席へ移った。
そうして無言のままエンジンを掛け、来た道を戻った。
直樹は寝息を立てていた。
……悔しいっ……火をつけたのはそっちなのに。
自分が誤解させるようなことをした――ということは舞の中から消えていた。直樹が舞に口づけし、肌をまさぐった、その事実だけが重要だった。