ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
「えっと、話しはそれだけ?」
重い空気に居た堪れなくなる。
私はペダルに片足を掛けた。
「あっ」
小峰君の声に再び動きを止める。
「だから――」
息苦しそうに喉を擦ってから、私を一瞬探るように見た。
「俺んち」
「ん?」
「俺んち、食品加工の会社で、そういう支援とか前からやってて」
「支援?」
「……うん、だから――」
そうして小峰君は私の反応を気にしながら、会社の制度について話し始めた。
「通信で高校行く人は、住むとこも食費も出してるから。働きながら勉強するの大変だけど、そういう方法も――」
「……」
「同情とかじゃなくて……、渚央が困ってるなら、俺んちどうかと思って」
小峰君の心配している理由が、私の気持ちだと気づき、胸のあたりが少しくすぐったくなった。
「ねえ、ひとつ疑問なんだけど」
私は慎重に聞いた。
「こんな、親切にしてもらうような仲でもないのに、なんで?」
「は?」
「去年同じクラスだったけど、喋ったことないし」
「別に、渚央とだけ、喋ってないわけじゃ」
確かに、そう。
小峰君は女子との会話は必要最小限だ。――そこがいいよねえ、とクラスメイトが陰でこそこそ言ってたけど。
「俺ら、同じ保育園だったじゃん」
「えっ?」
驚く私に小峰君はちょっと傷ついた顔をした。
「覚えてなくて、ごめん」
気まずい沈黙の後で、小峰君はいつもの無表情に戻った。
「……別にいいけど。あと、名前で呼べば?」
「……」
ここまで踏み込まれたし、もう『友達』でいい気がした。
「わかった。陸」
そう言うと陸はうつむいた。前髪が目元を覆っている。
「そろそろ行かないとヤバい。ばいばい」
「――あ、うん」
私はぐんと、ペダルをこいだ。
風を受けながら、頬が上がっていくのが分かった。
中学を卒業してもまだ十五歳。
母の約束が十五歳の始まりか終わりか、分からない……。
どのみち進学には間に合わない。
陸の提案は正直、とてもありがたかった。
旅館に戻り、私も掃除に加わった。
年配の仲居さんたちに頼まれて重い荷物をあげたり下ろしたり、中腰になって手を伸ばし奥の方にかたまっているゴミを取ったり、言われるがまま動いた。
時間になり、皆に挨拶をして今日の手伝いを終えた。
『関係者以外立ち入り禁止』のプレートが掛かった鋼板の重い扉を、両手で開ける。
あたたかな旅館の空間は、ここを境に一気に変わる。
ひんやりした薄暗く古い廊下を進み、突き当りの出入り口でスニーカーに履き替えた。
寮は第二駐車場を抜けた先にある。蓮見家にも続く道があるため、鉢合わせしないように足早に歩く。
部屋の前に人の影があった。
いろはだった。