ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
「もうここでよくない?」
私の手首を掴んでいる、その腕に視線を止めたまま小峰君に声を掛けた。
小峰君が足を止めた。
「助けてくれたんだよね? お礼、言った方がいいかな」
正直、お節介でしかない。
今日のことが倍になって返ってくることは目に見えている。
小峰君は不満気に溜息をついた。
まるで私が我儘を言っているような態度だ。
痛かったわけではないが、掴まれた手首を擦った。
「渚央、いつまで我慢してるつもり?」
「……」
だからなんで呼び捨て……。
頭にきて、私はぐっと顔を上げた。
「“陸”に関係ある?」
お返しに私も小峰君を下の名前で呼んだ。
小峰君はわかりやすく怯んで、そして頬を緩めて明後日の方を向いた。
その、むずむずしている口元を見る。
「俺の、下の名前知ってるんだ?」
はあ?
「そっくりその質問返していい?」
「……」
立ち止まって向かい合う私たちの横を、何人もの生徒が通り過ぎていく。
その中には体育館の準備室から教室へ戻ろうとするいろはと、その子分たちもいる。
いろはは俯いていたが子分たちは猛烈に睨みつけてきた。
私がうんざりしていると、小峰君が言った。
「今日、放課後待ってる」
唐突だった。
「放課後は忙しいから。無理だよ」
「わかってる。旅館の手伝いで早く帰るんだろ。だから、旅館まで一緒にいけばいいだろ」
怒ったような声だった。
「……」
確かに、小峰君がなぜ私を助けたのかは聞かないと気持ちが悪いけど。
「ダッシュで帰るから。ついてこれるならね」
どうするかは小峰君に任せた。
私は足を踏み出す。
小峰君は追ってこなかった。