ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
私は背を向けたまま、動けなかった。
「なにをしてるのか聞いているんだ」
「……」
どうしよう。
なんて答えたらいい?
私はさらに身を縮めた。
専務の足音が近づいてきた。
「それは?」
「!」
自分が持っているものに、遅れて意識が向いた――そうだ、私、これを置こうとしてた……。
喉が引っ付いたみたいになった。
……だって、この状況、どうみても、私が盗んだみたい……
「きみが持っていたのか」
「……」
ち、違う……いや、持っていたのは本当なんだけど、でも、そうじゃない……
弁解したいのに、口を開けば間違いなく専務の機嫌を損ねると知っている。
「返してもらうよ」
冷たい声が近づいてきて、私は恐る恐る、ライトを渡した。
「これは娘が、初めてのお小遣いで買ってくれた大切なものだ」
「!」
『娘』という響きに愛情を感じて、胸が潰れそうになった。こんなこと何度も経験してきて、すでに感情なんて動かなくなったと思ってたのに。
「これではっきりしたな」
「!」
その、何かを決意したような声に、私は驚いて顔を上げた。
専務はずっと前から私の『シルエット』しか見ない。
そして視界に入ったらすぐに逸らす。
顔を見るのも嫌なのだ。
――だから私が、どんなに必死に専務を見ているか、気づかない。
専務は怒りを殺したような早足で、私の前からいなくなった。