ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜

  *
 
 玄関の呼び鈴を鳴らして、俯いて、待った。
 入道雲が追いかけてきた。不安を煽るみたいに遠くで雷が鳴っている。

 ドアが開いた。
 女将の足元が見えた。
 いつものように冷えた目で私を見ているんだろうと思うと、顔を上げることができない。
「どうぞ」 
 俯いたまま靴を脱ぎ、女将に続いてリビングへと足を踏み入れた。

 この家の中に入るのは三度目だ。
 一度目は、母がいなくなってすぐ専務に連れてこられた時、そして二度目は、女将が私を引き取ると宣言した日。

 恐る恐る顔を上げると、驚くことに、そこには社長以外の家族がいた。
 皆、ソファに座ってじっとしている。
「……」
 胸騒ぎが止まらない。
 前髪の隙間から、専務の表情を盗み見た。昨日よりもさらに怖い顔をしていた。

「どうして呼ばれたかは、わかる?」
 女将が聞いてきた。
「……」 
 呼ばれた理由はもちろん見当がつくけれど、頷いたらやってもいない罪を認めることになってしまう。
 ……事情を話してくれる?
 と聞いてくれたら、ちゃんと答えられるのに……。
 
「あなたをこの家に連れてきたのは私だから、私が終わらせる責任があるの」
 女将は厳しい声のまま言った。
 そのひとことで分かった。
 もう決めてしまったんだと。
 私を、施設に送るって……。

「夏休みの間に手続きを済ませるから、そのつもりで」
「……」
 身体も心も硬直した。指の先すら動かせない。

 ……どうしたらいい?
 頭の中で必死に考えた。 
 謝ればいい? ……それとも心の底から、たのめばいい?

「最後にひとつだけ聞かせて」
 女将が問いかけてきた。
「あなたは、いろはに仕返しがしたかったの?」
 え?
 ……どういう意味?
 前髪の向こう、女将の目は不安定に揺れていた。
 ……それで、気づいた。
 女将が先生に呼ばれた話には『私』が出てきたのだと。
 今回のことはその腹いせに、いろはが専務にあげたライトを盗んだことになっているのだと。   
 思考が混線している。考えがまとまらない。
「――なんでもないわ」
 何も言えずにいると、女将が我に返ったように表情を引きしめた。


「……ったく、急に集まれって言うから何かと思えば」
 息が詰まるような空気の中、翔樹が両手を上げながら言った。
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