ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
「つうかさあ、いろはがいない時に決めんの?」
「翔樹?」
突然異論をはさんだ翔樹を、女将が訝しげに見ている。
私も同じだ。
鉢合わせたらいつもひどい態度を取る翔樹が、なにを言い出すのか見当がつかず恐ろしい。
「だってさ、今日はいろはがいないから、誰も庇わないわけじゃん? そしたら本当にこのまま追い出すことになるじゃん」
専務が、翔樹の言葉に裏切られたような顔をした。
私だって……、翔樹が私を庇ってくれるなんて、信じられなかった。
「翔樹、おまえ、反対なのか?」
専務の声が探るように翔樹に向かっている。
翔樹はふんぞり返ったまま言った。
「反対っていうか、“こっち”からも話聞いた方がいいかと思っただけ」
「話?」
「だってさっきから、なんか言いたそうじゃん」
!
全員の視線が私に集まった。
私はたじろく。
このチャンスを逃したらダメだと、本能が言った。
「私、盗んでません」
きっと生意気に映るだろう。
だけど本当のことを言わなければ取り返しがつかなくなる。
「落ちてたのを、拾いました」
……ここを離れたくなかった。どんなに冷たくされても。
大切に手入れされた旅館のあちこちや、一度だけ入った湯けむりの露天風呂の景色。朝靄や夕日に照らされた辺り一帯のすべてに、私の居場所はここだと言われている気がしている。だから。
「探してるだろうと思って、それで」
私は訴えた。
「専務が見つけやすい場所に置いておこうとし――」
「よくもすらすらと」
聞いていられないとでもいうように、専務は私の言葉を奪った。
「本当なんですっ」
縋るような気持ちだった。
「信じられるはずがない」
専務は私を一切見ようとしないまま、その目に憎しみを宿して吐き捨てた。
「きみらは俺たち家族から奪うことしかしない」
すべての音が止まった気がした。
私の喉も、この世界に必要ないみたいに閉じられた。