ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
「直樹」
大女将が、この重苦しく歪む空間を裂いた。
「おまえが話したことと違うね。おまえは、渚央が『物を盗んで捨てた』と言ったな」
「そうです」
「実際に見たのか」
「見ましたよ。俺のライトを持っていた。そしてそれを駐車場に捨てた」
「だが今、渚央はこう言ったぞ。『拾った物を駐車場に置いた』と」
「……」
専務は不服そうだったが、黙った。
大女将は私に向かってゆっくり瞬きをした。
「嘘偽りは言ってないと誓えるな?」
「……私っ、嘘ついてませんっ」
涙に飲み込まれないよう必死に声を張った。
「わかった」
大女将は深く頷いて、専務と女将に向き直った。
「渚央はこれから、私が面倒を見よう」
「……それは、どういう意味ですか、母さん」
専務は声を震わせていた。
「後見人になるという意味だ。だから旅館の手伝いももう終わりだ」
……え?
私は、一拍遅れて大女将を見た。
だいたいの意味は分かるけれど、感情が追い付かない。
「冗談でしょう」
専務が壊れたように笑った。
「この子の母親は、俺と乙葉の子供を攫ったんですよっ」
専務の指が私に向いた。
「俺たち家族にとって憎い敵でっ」
その激しい怒りに私はたじろぐ。
「この子を見るだけでっ、晴樹が今どうしているかって考えてっ」
専務の手が胸を掻きむしる。
「自分もっ、憎くなるのにっ」
「――おまえの苦しみは理解できる」
「だったらっ!」
大女将は苦悩を眉間に滲ませて低く言った。
「やめなさい。この子に親の罪を負わすのは間違っている」
専務がかっと目を見開いた。
「そんなこと分かってますよっ」
専務の声が空気を裂いた。
その叫びは、底のない悲しみに染まっている。
私の意識もその深さに溺れて沈みそうになっている。
専務は泣いていた。
女将も、その隣で泣いていた。