ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
*
――「なんで"こっち"で暮らしてんのよ」
離れの外周、砂利の通路に生えている雑草を抜いていると、いろはが駆けてきた。
「楽しい気分で帰ってきたのに、あんたのせいで台無し」
しゃがんだままの肩を押され、地面に尻をついた。
「普通、遠慮するよね? あんた、頭おかしいんじゃないの」
まくしたてる声は相変わらずだった。
「……」
このところ平和なせいか、ひさしぶりのいろはを前にフリーズしてしまった。
――あっ!
そして現実に返った。
私は、垣根の向こうにいるであろう大女将を気にした。
「落ち着いて……」
私は小声を向けた。
いろはにはムカついている。私にずっと意地悪をしてきて、抓るし、宿題をさせられるし。
だけど心のどこかでは、いろはに自分を重ねてしまう。――本当の母親にそばにいてもらえないのは、一緒だから。
それに、いろははいつもひとりになると疲れたような顔をしている。
学校や家では『愛されキャラ』で通してるけど、私や子分たちの前で見せる顔は絶対“素”だろうし、そっちの方が楽そうだ――なんて、理解してあげてる場合じゃないけど。
「ねえ、私の宿題ちゃんとやった?」
「!」
「やったんでしょ? 持ってきて、今すぐ」
ためらっていると、二の腕にいろはの指が伸びてきた。
「痛っ」
ようやく消えそうになっていた痕のところだった。
「もっと"指導"されたくなかったら早くして!」
……ええいっ、もう知らない!
私は立ち上がった。
垣根の横を走り、敷地へのアプローチを抜けて、視界の端で大女将の姿を確かめる。
やっぱり大女将は垣根の向こう側にいた。私たちのすぐ近くに。
見ないふりで急いで部屋にいき、いろはに丸投げされた宿題を手に戻った。
「ふんっ」
渡すと、お礼の代わりに悪態が返ってきた。
そして走っていった。