ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
第三章
*3-1 終わりの前の日常
合同体育の授業後だった。
「ちょっといい?」
陸が周囲を気にせず普通に話しかけてきた。
一緒にいた友人たちが驚いて口を開けている。
「渚央、もう旅館の手伝いしてないんだろ?」
しかも私を呼び捨てにするから、みんなは揃って、ヒィ~という表情で仰け反っている。
「自分の影響力わかって……」
私は陸に小声を向けた。
陸は安定の無表情で、「違うクラスだから話さない方がいいとか?」と聞いてきた。
……そういうことじゃなくてね。
なんてやりとりをしていると、強烈な視線を感じた。
いろはと子分たちが私を睨みつけていた。
「部活とか入んの?」
いろはが後ろを通ったことを知ってか知らずか、陸は当たり前に会話に戻った。
「ん、それ、みんなにも相談してたところで」
――と、友人たちに話を振ると、そわそわしていた皆が一斉に喋り始めた。
「今からだと結構大変だよ、って話してたとこ!」
「二年生になって転部する子もちらほらいるけど、二学期からってなるとさあ」
「ねっ?」
友人たちがちら、ちらと陸を見ている。陸が口を開いた。
「あー、夏休みの合宿で結構みんな連帯感育ってるとこだもんな」
会話が成立したことに、友人たちはさらに興奮気味になった。
――この人、普通に喋るんだ?
友人たちの目が言っていた。
「小峰君って何部だっけ?」
「書道部」
「それ帰宅部同然の部じゃん」
「出ても出なくても自由」
「ずるーい」
……楽しそうだな、と聞くともなしに聞いていると「じゃあ、渚央も書道部に入れば?」と急に言われた。
「それいいじゃん」
私より友達が乗り気になっている。
「そろそろ予鈴じゃない?」
さっきから時間を気にしているのは私だけだった。
ぞろぞろと教室へ戻る中、陸が「じゃ、放課後」と言ってきた。
……いや、入るって決めてないし。
なのに私が言う前に、「わかったよ」と横から友達が答えてしまった。
放課後になると陸が本当に私を迎えに来た。
あの場のノリだよね、と願っていたから、ちょっと顔が引きつった。
それぞれの部活へと散っていく友人たちに励まされ、私は流されるように陸について行った。
「そういえば、私が旅館の手伝いしなくなったことなんで知ってるの?」
廊下を歩きながら気になっていたことを聞いた。
陸の横顔にためらいが滲んでいて、頭の中に「?」が浮かぶ。
「話すと結構長くなるかも」
「え? どういうこと?」
「長くなるっていうか、どこから話すか迷うっていうか」
「……」
ますます気になるじゃないか。
悩む陸を眺めながら階段を上がり、部室として割り当てられた空き教室へ入った。案の定、部員は誰もいなかった。
「今、何人いるの?」
「結構いる」
「……そんな風に見えないけどね」
遠くに運動部の掛け声が聞こえる中『書道部』の活動内容について説明された。
本当に緩い部活だった。
「けど渚央がちゃんとやりたいなら、やろうぜ」
「そうはいっても顧問いないんでしょ?」
「一応はいる。前の日に頼んでおけば来る」
「なによそれ」
意味が分からない。
「てか、俺が教えてやってもいいけど」
「陸、習字得意だったの?」
「あー、まあ。子供の頃にやらされたから」
「なるほどね」
よくよく考えてみたら『汗』とは無縁そうな陸には、集中する習い事は合ってると気づいた。
「じゃあ、そうする」
私は切り替えた。「なにを準備すればいい?」
「別にない。俺が全部持ってるから貸してやる」
「うわあ、助かる……」
陸が神様に見えてきて、私は両手を組んで祈った。
そうして私たちは放課後を共に過ごすようになった。