ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜

3-2 静かに、繋がっていく


   *
 
 部屋で勉強をしていたら、階段の下から話し声が聞こえた。

 私はこの瞬間いつも緊張する。
 もしかしたら専務か女将が来たのかな、と思ってしまう。
 私がいるから来るはずがないのに……。

 
 耳を澄ました。
 声は、女将やいろはでない女の人の声だった。
 私は立ちあがった。
 もしお客さんならお茶を出そうと思った。それくらいのことはお世話になっているのだから当然だ。

 
 階段を下りる途中で、会話が聞こえてきた。 
「――日本は何年ぶりになる? 佳苗が帰ってきて、親は喜んだだろう?」
 佳苗? 誰かな……。
 躊躇いながらリビングに向かうと、大女将がすぐに気づいてくれた。

「渚央、こっちにおいで」
「はい」
 私は言う通りにした。
 ソファには、日焼けした痩せた女の人が座っていた。
「あなたが山都さんのお子さんの渚央ちゃんね」
 !
 思わず足が前に出た。
「ママを知ってるんですかっ」
 引っ掻いたような声になった。
 全身の血液が顔に集まってきた感覚だった。
「同級生よ」
「!」
 母に繋がる人が目の前にいる!

「渚央ちゃんのことも知ってるよ」
「わ、私のことも……?」
 いつ? いつ会ったのだろう?
 必死に考えた。
 大女将が説明してくれた。
「渚央、この人はおまえが産まれた時、取り上げてくれた"佳苗さん"だ」
「あはっ。取り上げたのは先生ですけどね。――私は看護師よ」
「!」
 鼓動が跳ねた。
 私の出生を知っている人(・・・・・・・・・)……。

「佳苗はね、震災の後に人生観が変わって、海外協力隊として発展途上国で働いてたんだ」
 佳苗さんは苦笑いで言った。
「二年で戻ってくるつもりが現地の病院に口説かれて、結局こんなに長く勤めてしまいましたけどね」
「評価されるなんて立派なことさ」
 佳苗さんはこれまでの海外生活について話していた。
 大女将も興味深そうに、質問を挟みながら聞いていた。
 ……だけど、私には会話の内容がまったく入ってこなかった。言葉がただ、耳をすり抜けていく。
 
 ――私は、母が"何をしたのか"知らない。
 母に『私といろはが取り違えられた』と告げられ捨てられたあの日から、たくさん考えた。だけど答え合わせは何ひとつ出来ないから、想像の先にはたどり着けなかった。
 母は私が自分の子供じゃないことを"最初から"知っていたのか……それとも"途中"で気づいたのか……
 
 私の中では『恐ろしい想像』がずっと燻っている。
 
 母が専務を好きだったという事実。
 私の外見的特徴を隠し続けた事実。
 私の名前が、専務の『直樹』を連想させる『渚央』である現実。
 もしかしたら母は――、
 そこまで考えては、強制的に思考を止めてきた。
< 50 / 110 >

この作品をシェア

pagetop