ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
私は無意識に左右に首を振っていた。
「私……、このままでいいです」
「渚央、出て行けといってるんじゃないんだ」
大女将が表情を引きしめた。
「ただ、知りたいんじゃないかと」
「知らなくていいです」
私は祈るように言った。
頑なすぎたのか、大女将と佳苗さんが困惑して顔を見合わせた。
「渚央ちゃん、私もお父さんの居場所を知っているわけじゃないの。実際に名前も知らないし」
佳苗さんは私を宥めるような口調になった。
「手掛かりになりそうなことを伝えに来ただけなの」
それを聞いて、少しだけ緊張を解いた。
「"ひとり出産"の事情はともかくとして……」
私が傷つくと思ったのか、佳苗さんは濁した。
「当時ね、山都さんにお父さんのことを尋ねたの。養育費は必要だし。だけど渚央ちゃんを産んで心境の変化があったのね、自分ひとりで育てるって言ってね」
……それって、つまり、
心臓の音が漏れそうで、私は少し後ろに下がる。
「それでうやむやになった――という経緯だったの」
「……」
私は両手でぎゅうっと胸を押さえる。
母のその決意はまるで、最初から私と『父親』に繋がりがないと知っていたようで……。
「無理強いはしないから、安心して」
私がなにも答えないせいか、佳苗さんは大女将に目配せをしている。
「……えっと、じゃあ、蓮見くんたちのところへ行ってみます」
佳苗さんが中腰になった。
私が身を固くしているせいだ。
「ああ。寄り道させて悪かったね」
「とんでもないです――またね、渚央ちゃん」
佳苗さんは最後に私を見た。
私は心を見透かされないよう、深くお辞儀をして見送った。
この話がまた戻ってきたら大変だから、口元はしっかりと閉じた。
佳苗さんがいなくなると、大女将が私を振り返った。
「おまえの気持ちも考えず悪かったね」
「……」
私は左右に首を振った。
そして大女将の左腕に手を伸ばした。
「……」
大女将は黙ったまま、私が触れた腕を見ていた。
振りほどかれたら謝って離れよう――そう思っていた。
右手が、私の頭に伸びてきた。
そっと撫でられた。
ずっと聞こえている澄んだ水音が、私の不安を流してくれている気がした。