ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜

  *
 
「――じゃあね、また明日」
 下校途中、分かれ道で陸に手を振った。 

 部活が終わると、私は陸と途中まで一緒に帰る。
 九月の風は心地良く、肌をさらりと撫でるようだった。

「また」
 陸は言葉少なに言う。
 でも必ず、数歩歩いて振り返る。
 今日も同じだった。
 私は片手をぶんぶん、と振ってから歩き出す。

「――はあ」
 そうしてひとりになると、勝手に心細い吐息が出た。
 誰かと一緒にいれば気が紛れるのに、ひとりだと心はすぐに曇ってしまう。

 
 佳苗さんの訪問から一週間が経った。
 進展が気にはなっても、それが引き金となって望まぬ方向へ話が進んでしまうのが怖くて、大女将にも聞けずにいた。
 


「――あっ」
 離れへ帰る途中、ボイラー室の横から急に腕を引っ張られた。
 思い悩んでいたせいか人の気配にまったく気付かなかった。
 そのまま肩を押されて壁に背中をぶつけた。
 目の前にいたのは、いろはだった。
 

「今日も小峰君と一緒だったね」
 いろははよどんだ目をしていた。
「……部活が一緒だから」
 私は刺激しないよう小声で言った。
 掴まれた腕に爪が食い込んでいる。
「……っ、」
 私は痛みを我慢する。
 
「なんで言うこと聞かないの」
 いろはは低い声で言った。

「ごめん……なりゆきで……でも、友達ってだけだか――」
「小峰君に女子の友達はいないんだよ」
 最後まで言う前に、畳みかけられた。
「……」
 なんて答えたらいいのか分からなかった。否定も肯定もいろはを怒らせるだろう。
「小峰君に色目使うな」
「……」
 いろはは私から目を逸らさない。
 私は代わりに、地面に視線を落とした。

 すぐ近くにあるのは機械音だけで、建物の裏手はしんとしている。
 じりじりした時間がただ過ぎた。
 不穏な気配に息が詰まる。
< 53 / 110 >

この作品をシェア

pagetop