ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
*
「――じゃあね、また明日」
下校途中、分かれ道で陸に手を振った。
部活が終わると、私は陸と途中まで一緒に帰る。
九月の風は心地良く、肌をさらりと撫でるようだった。
「また」
陸は言葉少なに言う。
でも必ず、数歩歩いて振り返る。
今日も同じだった。
私は片手をぶんぶん、と振ってから歩き出す。
「――はあ」
そうしてひとりになると、勝手に心細い吐息が出た。
誰かと一緒にいれば気が紛れるのに、ひとりだと心はすぐに曇ってしまう。
佳苗さんの訪問から一週間が経った。
進展が気にはなっても、それが引き金となって望まぬ方向へ話が進んでしまうのが怖くて、大女将にも聞けずにいた。
「――あっ」
離れへ帰る途中、ボイラー室の横から急に腕を引っ張られた。
思い悩んでいたせいか人の気配にまったく気付かなかった。
そのまま肩を押されて壁に背中をぶつけた。
目の前にいたのは、いろはだった。
「今日も小峰君と一緒だったね」
いろははよどんだ目をしていた。
「……部活が一緒だから」
私は刺激しないよう小声で言った。
掴まれた腕に爪が食い込んでいる。
「……っ、」
私は痛みを我慢する。
「なんで言うこと聞かないの」
いろはは低い声で言った。
「ごめん……なりゆきで……でも、友達ってだけだか――」
「小峰君に女子の友達はいないんだよ」
最後まで言う前に、畳みかけられた。
「……」
なんて答えたらいいのか分からなかった。否定も肯定もいろはを怒らせるだろう。
「小峰君に色目使うな」
「……」
いろはは私から目を逸らさない。
私は代わりに、地面に視線を落とした。
すぐ近くにあるのは機械音だけで、建物の裏手はしんとしている。
じりじりした時間がただ過ぎた。
不穏な気配に息が詰まる。