ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
「あんたが可哀想で、私だけは優しくしてあげてたのに」
「……」
……いろはに優しくされたことなどあっただろうか。
だけど私はじっとしていた。
「ねえ、なんで私の邪魔ばっかりするの?」
……邪魔なんて、私がいつしたっていうの。
いろはの目につかないよう気をつけて、毎日生きてるのに。
「なんでずっと私を苦しめるのよ」
苦しめられているのは私の方なのに、いろはは被害者みたいな傷ついた顔をしていた。
「ごめん……、気づかないうちになんかした?」
この場から逃げるために下手に出た。
いろはの口元が歪んだ。
「そうだよね、あんたはなんにも気づかない。図々しいの。いつも」
「……」
沖縄でも蓮見家でも、そして母からも『図々しい』と言われてきた。
……私は周りを不愉快にしてしまう人間、なのかな。
「どうすればいい?」
なげやりではなく、本当に知りたかった。
どうすれば私は静かに暮らせる?
「そんなのひとつしかないでしょう」
「なに?」
縋るように聞いた。
いろはは重い視線を私に向けた。
「あんたが消えること」
湿った日陰の気配が、いろはの声に重なった。
私は静かに瞬きをした。
世界から透明になれと言われている気がして、怖くなった。
「あんたのこと、みんな"けなげ"って言うよね」
「……」
「でも誘拐犯の娘がその家で暮らすこと、"けなげ"って普通言う?」
「……」
私は、長い前髪で隠した目をぎゅうっと閉じた。
……でもね、いろは……、私はこの家の……、
遠くに足音が聞こえた。
いろはの鋭い指先が離れ――じくじくとした腕の痛みが時間差でやってきた。
その後、湿った、陰気な世界が、強引に私を掴んだ。