ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜

3-3 完璧な私であるために(いろは)

***【いろは】



 ――私は、晴君のことが嫌いだった。
 
 晴君に"末っ子"の座を奪われてから、毎日は楽しくなくなった。
 家族の愛情が全部、晴君に移った気がしたから。
 
 
 「ダ!」「ヤ!」
 晴君は私を拒絶した。
「晴君は『イヤイヤ期』に入っちゃったねえ」
 両親も兄たちも笑っていたけど、私だけは笑えなかった。

 小さな晴君は理系の父を喜ばせるような行動を取った。
 おもちゃの数を合わせるとか、実験キットに夢中になるとか。
「晴君はあなたに一番似たかもね」
 母も嬉しそうだった。
 目を細めて祖母が言った。
「晴樹には早くからそろばんを習わせたほうがいいだろう」
「……」
 私はその場の空気に合わせながら、焦っていた。
 私がそろばんに挫折したのは小学校二年生だった。
 上達しない――というレベルではなく、本当にちんぷんかんぷんだった。
「いろはは、"こっち"じゃないのかも」
 見かねた両親は教室をやめてもいいと言ってくれた。
 
 それからはたくさんの習い事をした。
 ついていけなくなるたびに両親は慰めてくれた。
 だけど何に挑戦しても、徐々に難しくなってきてつまらなくなった。
 そんな時は、晴君に"いじわる"をして気を紛らわせた。
 直接的なことをするわけじゃない。
 誰もいないことを確認してから、晴君を無視したり睨みつけたり、眠っている耳元に『おまえなんかダイキライ』『どっか行け』と言い続けたり。
 
 晴君が本当にいなくなって――
 私は、絶対に私のせいだ、と思った。
 あの日、看護師さんが『お母さんは帰って大丈夫ですよ』と言ったのに、私が『行かないで』『お願い!』と縋ったから、母は家に帰れなかった。
  
 でも、"加害者の渚央"が現れた。
 小さな頃は一緒に育ったと聞かされていた渚央。――誘拐犯の娘。
 
 明るい両親が渚央には敵対心を向けるのを見て、私の罪悪感はゆっくり流れていって、やがてきれいに消えてなくなった。
 ……そうだよね、加害者は"ちゃんと"ここにいる。
 私は悪くない。むしろ被害者なんだ!
 私の罪悪感を連れて行ってくれた渚央に、私だけは優しくしてあげようと思った。
 
 でも、渚央は私の気持ちをいつも裏切った。
 世間は渚央に同情的だった。
 旅館では従業員たちが渚央を庇い、学校でも友達が、転校してまた戻ってきた渚央を待っていた。
 先生たちも常に気に掛けている。
 ……なんで?
 この子は『誘拐犯の娘』だよ。
 ――分からせてやらなきゃ。
 
 私は渚央を指導することにした。
 自分の立場を忘れないように。
 調子に乗らないように。
 
 ……だけどいつの間にか、私には渚央が必要になった。
 中学生になってしばらくすると勉強がどんどん難しくなった。
 覚えられない……、考えられない……、
 そんな時、渚央を使うことを思いついた。
 だって渚央は、私の神経を逆撫ですることしかしないから。
 誘拐犯の娘のくせに、勉強も運動も得意で、みんなに頼られて、みんなに好かれて。
 
 私が強い言葉を浴びせても、力いっぱい腕や太ももを捻っても、渚央は黙って従った。
 そのたびに私の方が格上だって、安心できた。
 なのに渚央はすぐに目立つことばかりする。
 私が必死で、渚央を今以上に嫌いにならないように頑張っているのに。
 小峰陸君のことだって……。
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