ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
近づくたびに家の中からの声や気配は大きくなっていく。
引き寄せられるように、私は足を早めた。
見知らぬ大人たちが一斉に私を見た。
「……」
怯みながら靴を脱ぐと、母の叫ぶような泣き声が聞こえてきた。
言い知れぬ不安の中、私はリビングへ走った。
廊下の手前に父がいた。涙で濡れた顔で、呆けたように天井を見ていた。
スーツ姿の大人たちは祖母に何かを説明している。
母を見た。
母は男児を抱きしめていた――誰?
バタバタと玄関先から足音が聞こえる。
兄たちが息を切らして部屋の中へ飛び込んできた。
その後ろに、なぜか渚央がいた。
「!」
……なんでっ? ボイラー室に閉じ込めたのに!
……まさか私のことを告げ口しに来たの?
私は渚央を睨みつけた。
けれど渚央は私を見ていなかった。母が抱きしめている男児に向かって泣きながら走っていった。
「晴樹っ!」
渚央が叫ぶように、男児の名前を呼んだ。
えっ?
……今、なんて?
晴樹?
……晴樹って、私の弟の『晴君』だよ、ね?
男児が、渚央の呼びかけに顔を向けた。
「!」
兄たちが小さかった頃の顔に似た、少し猫目で意志の強そうな眼差し。そして『晴君』を示す特徴的なほくろ……。
「――"渚央お姉さん"?」
晴君が、言った。
渚央は泣きじゃくって晴君を抱きしめていたけれど、私も――家族もみんな、凍ったように動けなかった。
渚央と晴君は、まるで本物の家族みたいに互いを見ていた。
渚央が、涙でぐしゃぐしゃになった顔を両手で払った。
前髪が涙でひたいに張りついている。
「――……ひっ、」
渚央の目の前にいた母が、聞いたこともないような声を喉の奥から出した。
渚央をみつめる目が見開き、充血し、絶望を宿した。
「……ま、……まさか……――ま……」
足を進ませた父が、声にならない言葉でなにか言っている。
顔は蒼白になり、大きな体を仰け反らせ、近くにいた大人たちに支えられた。
兄たちも呆然としていた。
私は――
目の前で何が起きているのか理解できないまま、その光景を見ていた。
【第三章*終わり】