ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
外に出てひとりになった途端、処理できない感情が溢れ出した。
溢れる喜びにまとわりつくものは、不安や切なさや、長い苦しみ、それから記憶――。
木の下でうずくまり、私は声を殺せずに泣きじゃくった。
晴樹が、『約束の日』より前に帰ってきたこと。私を『姉』と呼んでくれたこと。
家族が……『娘』だと気付いてくれたかもしれないこと。
それと同時に次々と疑問が浮かんでくる。
どうして晴樹だけ戻ってきたの?
母はどうしたの?
……もしかしたら警察に捕まったの?
なにも答えがなくてもどかしかった。
私はよろけながら立ち上がり、重い足で進んだ。
だが駐車場側へ抜けようとして、息を呑んだ。
旅館の正面に不自然な明かりが蠢いている。
立ち止まって目を凝らした。
……え?
薄暗くなった空の下、機材を担いだ一団が群がっていた。マイクを持つ人が何か喋っている。
……あれはテレビ局……、
容赦のない現実を前に、私は怯んだ。
――母がいなくなったあの日も、たくさんのカメラとマイクに追いかけ回された。
すぐに伯母が来て沖縄へ連れて行ってくれたから、私はその後のことを知らない。けれどこの光景を見れば、当時の旅館の状況が想像できた。
私は唇を噛んで、逃げるように来た道を戻った。
そして草が伸び放題の荒れた通路を進み、離れに帰った。
離れに明かりはなかった。
外出先の『祖父』にも晴樹が戻ってきた連絡が入り、向こうの家へ急いだのだろう。
ずっと震えている指先で扉を開け、家の中へ入った。
庭園側の障子を閉めながら、晴樹との再会を喜ぶ皆の姿を想像した。
猛烈な未練に襲われた。
……私も、その輪の中にいたかった。
だけど、いろはに投げつけられた言葉が意識から離れない。
――ぱんっ、と両手で自分の頬を叩いた。
乱暴に涙を拭って顔を上げる。
傷ついてる暇なんか、ない!
私はテレビを付けた。
どの局でも、行方が分からなかった晴樹が戻ってきたと一斉に報じていた。一方で母は『連れ去った女性? 何らかの事件に巻き込まれた可能性?』という扱いのままだった。
私はたまらずに胸を押さえた。
晴樹が戻ってきた今、心に影を落とすのは母のことだけになった。
ガタガタ――と、旅館側の玄関扉が開く音がして、私は息を呑む。
駐車場側に報道陣が詰めかけていることに気付いて、祖父母は旅館の中から離れに戻ってきたのだ。