ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜

「れいめいえん?」
 初めて聞く施設名を、訝しい気持ちでなぞった。

「保育士に育てられ、勉強は教員資格がある大人たちが教えたと。世間とは一切関わってなかったようだ」
「……」
 なぜ晴樹だけ?
 それなら母はどこへ行ったのだろう?
「あの女も一緒の施設にいたと言っていた」
 私の感情を読み取ったのか、祖母は母のことを口にした。
「その施設では、親子で入信しても大人と子供は別々に暮らす決まりらしい。警察の話だとあの女はそれを知らずに来たそうだが、最終的には入信の条件に従ったようだ」
 そこからは、警察が現段階で掴んだ話を教えてくれた。

 
 ――母は晴樹を連れ『親子』と名乗って施設の門を叩いた。
 『黎明縁』は"赦し"を前提とした教えで、『責める』『問う』『否定』が禁じられている。そのため本人が語らなければ誰も事情を知ることはない。
 母と晴樹は、他の親子と同じように年に数回会った。
 当時三歳だった晴樹の記憶は、ほとんどすり替えられた。そのため自分の境遇に疑問を持つこともなく集団生活に馴染んでいた。

 だが少し前――
 晴樹は母から、本当の家族のことを聞かされたという。

 ――「警察には迎えに来るように頼んでおくから、ここを出て、家に帰りなさい」
 それが、晴樹が母と会った最期になった。
 数日後、母の言葉通り施設に警察がやってきた。そして晴樹は保護された。


「……最期ってどういう」
 話は続いていたが、私はたまらずに質問した。
 祖母が目を伏せた。そして言った。
「あの女は死んだそうだ。病気で」
 ……死んだ? ……あの母が?
 体の中でなにかが溢れようとしている。心はぐしゃりと、握りつぶされるようだった。
 病死と聞いても到底理解できない。
 嘘だ! そんなの認めない!
 怒りも悲しみも行き場がなかった。
 
「――渚央」
 いつの間にか私は祖母に抱きしめられていた。
 背中を撫でられた。
 その上下する一定のリズムが、乱れた呼吸を少しずつ楽にしていった。
 と同時に止まっていた感情が暴れ出した。
 私は声を上げて泣いた。

 
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