ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
*
翔樹は、和解の後から離れに入り浸っていた。
旅館は休業中だが仕事がないわけではなく、祖父母も両親も少しずつ働き始めていた。
「兄ちゃんのことなんだけどな」
翔樹は頭を掻きながら「会う勇気が出ないみたいで」と、困惑を口にした。
「兄ちゃんは俺らみたいに渚央に当たってなかったじゃん。でも、自分が許せないって」
「……」
……うーん、
正直、私にとってはどちらも同じだった。
大樹のように、無言の憎悪をぶつけられるのもきつかった。
「だけど兄ちゃんも渚央に会いたいはずだ」
……そうかなあ?
このままでもいいと思ってないかなあ?
普通に話せるような関係にはなりたいけど、両親ともまだきちんと向き合えていない。自信がなくなっていた。
「兄ちゃんも悩んでた。いろはが渚央をいじめてるって」
「知ってたの……?」
「渚央の部屋の前で見たって言ってた」
……ああ、あの日か。
私は過去を手繰り寄せた。
「兄ちゃんの中でいろはは病弱でおとなしいままだったんだろ。裏の顔がショックだったみたいだ」
「溺愛してたもんね」
いろはから聞かされていた。――お兄ちゃんたちは私に甘いから、私のためならなんでもやるの。
多少胸は痛んだけれど、別に羨ましくはなかった。
勝手にどうぞ、とひねくれていたんだと思う。
「翔樹は大丈夫だったの?」
気になって聞いた。
翔樹だっていろはを可愛がっていたからだ。
「俺?」
ショックだったに違いないと気の毒に思っていたら、軽い答えが返ってきた。
「俺はいろはが性格悪いことはなんとなく知ってたからあんまり気になんなかった。妹だし」
「そっか……」
さらっと「妹」と言った翔樹に、笑顔のまま少し黙った。
重くなった胃のあたりをそっと撫でる。
……それって、いろはがどんな子でも好きって意味だよね。
「メールしてみる」
翔樹がスマホを出した。
「あ、うん……」
結局は、成り行きに任せるしかないと思った。
「兄ちゃんは潔癖だから自分にも他人にも厳しいんだ」
翔樹の手元をぼんやり見ながら、“あの日”の記憶を呼び出した。
ボイラー室の扉を開けてくれたのは、きっと大樹だ。