ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
あの日、密室の湿った空気と迫ってくる暗闇が、記憶の底に沈めていた恐怖を思い出させ、私は必死に叫んだ。
ドアの向こうでなにかが外れるような鈍い音がした。続いて遠ざかる足音――。
外に出て、涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔のまま足音を辿った。
少し前に大樹が歩いていた。
……まさか、大樹が助けてくれた?
偶然歩いてるだけ?
期待を半分だけ持って距離を詰めていったら、翔樹が「晴樹が帰ってきたっ!」と叫ぶ声が聞こえたのだ。
大樹が走り出して、私の足も勝手に後を追っていた。
そこから先は、感情だけが先走っていた。
「……」
翔樹の手元に視線を落としたままでいたら、翔樹が焦ったように「スマホは高校生になってからだぞ。うちはそういうの厳しいから」と急に保護者みたいなことを言い出した。
「翔樹はいつから持ってたの?」
「俺は中二ぐらい」
「えー、説得力ないね」
軽口を叩いていると、大樹からの返信が入った。
「……来るって」
翔樹が表情を引きしめた。自分で提案したのに緊張するのか、と観察していたら私も口の中が渇いてきた。
無意識に喉に手を当てたら、翔樹が気を利かせて冷蔵庫に向かった。
「うわー、麦茶しかないじゃん」
中を覗き込んで嘆く。そして「自販機行こうぜ、買ってやる」と頼もしいことを言った。
翔樹について旅館の中へ入り、自販機の前に来た。
「なに飲むんだ?」と聞かれた。
ええと……と、迷う。
並ぶペットボトルをひとつずつ目で追っていると翔樹は不思議そうに聞いてきた。
「好きなやつねえの? 普段飲むのはどれ?」
ますます悩んでしまう。
「……もしかして、買ったことないのか?」
図星を指されて、かあっと頬が熱くなった。恥ずかしかった。
ばかにされるかな、と思ったのに、翔樹は下唇を噛んでうつむいた。
遠慮気味な足音が近づいてきた。
大樹だった。