ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
私は無意識に一歩下がった。長年の癖だった。
「早かったじゃん」
翔樹が声を掛けると、大樹は強張らせた表情のまま、小さく頷いた。
「渚央、戻って兄ちゃんと喋ってて。飲み物買ってから行く」
「……うん」
翔樹に促され、大樹と歩き出した。歩調が合わず互いに何度も足を緩めながら、離れに戻った。
「元気か……?」
座ってすぐ、大樹から先に聞いてくれた。
私はほっとして答えた。「元気、です」
けれどすぐに会話が止まってしまった。
大樹が遠慮気味に私をみつめてきた。
「……」
大樹の目は翔樹ほど大きくはない。どちらかというと祖母に似て涼やかだ。だからだろうか、親近感が湧いてしまう。
それに勇気をもらって、口に出してみる。
「ボイラー室のことなんですけど……」
大樹の片眉がぴくっと上がって、私は慌てて視線を胸元に落とした。
「私のこと助けてくれましたか?」
「……」
大樹はなにも言わなかった。
だけどそれが答えのような気がして、「ありがとうございました」とお礼を言った。
それ以上話題が続かず困っていると、翔樹が戻ってきた。
手には三本のペットボトルを持っていた。
「これでいい?」
私はミルクティを渡された。
「それ飲んでみたかったやつ!」
思わず言っていた。
「だよな、女子に人気だし」
翔樹は向かい合う私と大樹の間の椅子を引いた。普段は祖父が座っている場所だ。
「さすがに開け方は知ってるよな?」
翔樹は私とペットボトルを見比べる。
「回すだけでしょ」
なにを当たり前のことを――と思い、少し意地になってきゅっと蓋を回した。翔樹が音を立てて笑った。
「……ずいぶん仲良くなったんだな」
大樹の静かな声は、私にではなく翔樹に向かっていた。