ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
「!」
その言葉に動揺した。
「事実を知ったからには今まで通りにはできないし、したくない」
……あんなに溺愛しといてかよ、
喉元で言葉は止まった。
「っくそ」
頭を掻きむしった。
生まれた時から妹のいろはを大切にしてきた。
血も繋がらず、晴樹を誘拐した人間の娘だったと知っても、感情や思い出は白か黒かで片付かない。
晴樹が戻ってきて、犯人は死んだ。
知りたいことは山ほどあっても、もうどうしようもない。
みんな、憎むことに疲れている。
解放されたい。
――けれど、それなら渚央は?
誘拐犯の娘だと、俺たちに憎まれて嫌われ続けただけ?
自販機でジュース一本買えなかった渚央、
同じ服ばかり着ていた渚央、
スニーカーのかかとを潰して履いていた渚央、
当たり前だ。旅館の手伝いで手に入る三千円で、服や靴が買えるわけがない。
温泉にも入らせてやらなかった。
会えば必ず文句を言った。
顔を上げて歩くなとさえ言った。
もっと傷つけ。
ずっと苦しんでいろと思った。
俺の『妹』の渚央が可哀想でたまらない。
かといって兄のようにいろはを切り離すこともできない。
俺は、誰も守れない。
自分に腹が立って、こんな人生を俺たち家族に背負わせた、そのすべてが憎かった。
俺は流れた涙を腕で拭った。
息を整えてから顔を上げる。
ひさしぶりの涙は、錆びのように苦かった。
「悪かった」
突然泣いた俺に兄が謝ってきた。
気まずいまま、首を横に振った。
「いや、俺も悪かった」
互いを攻撃して、俺たちは少しだけ頭を冷やせたみたいだった。
「ここからは二度と間違えない」
兄の後悔が胸に響く。
「俺も、これ以上渚央を傷つけたくない」
本心だった。
「翔樹、俺も明日からあの子に会いに行くよ」
「おう」
「図太いおまえを見習わないとな」
「はあ? 急にディスんなよ」
「いや褒めてるんだ」
「なんだよそれ」
「……」
「……」
俺たちはどちらともなく、歩き出す。
晴れやかな気持ちには到底なれないが、渚央にしたことの罪と向き合う覚悟はある。
渚央が本当の意味で俺を兄と認めてくれるまでしつこくそばにいる。
渚央が心から安心できる日が来るまで、何十年かかっても。