ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
「お世話になります」
明るい声に、ベッドの中から顔を向けた。
猫目と厚みのある唇が印象的な母親は、大きなお腹を突き出して荷物の整理を始めた。
「あの、おひとりですか?」
思わず聞いた。この人も自分と同じような境遇だったらいいのに、と願望を込めて。
けれど返ってきた答えに落胆した。
「夫はあとで来ます。でも私三人目なのでひとりでも全然平気です」
笑顔が向かってきて、いたたまれず視線を逸らした。
……なんだ、幸せを絵に描いたような家庭の奥さんじゃない。
「いつ出産されたんですか?」
話題が変わった。舞は「昨日です」と答えた。
「どうでしたか?」
「看護師さんの話だと超安産らしいですが、普通に痛かったです」
そこからも彼女のペースで会話が続いていった。
「上が男の子ふたりなので、今度の子が女の子だって知って嬉しくて嬉しくて!」
「ここは母子同室じゃないのでゆっくり眠れるのがありがたくて」
彼女はとてもよく喋った。
……そういえばこの人、家族の自慢も、私の家族についても聞いてこない。
それに気づき、劣等感の代わりに親しみが芽生えた。
夕食の時間が来るまで、他愛ない会話が途切れることはなかった。
「実はひとりで子供を産んだんです」
舞は自身の身の上を話したくなった。どうせ退院したら二度と会うこともないからだ。
「仕事を探さないと。これからは娘とふたりで生きていくので……」
彼女は静かに泣いてくれた。
「ごめんなさい、これから出産を控えているのに、こんな話」
「そんなこと関係ないですよ。話してくれてありがとうございます」
ほどなく彼女の陣痛が始まった。
「い、行ってきますっ」
痛みに顔を歪めながら、それでも笑って手を振って部屋を出ていった彼女に「頑張ってください」と心から言った。
ベッドに横になりうつらうつらしていると、廊下が騒がしくなった。
足音が病室に向かってくる。
「お母さんの病室こっち!」
子供の声が聞こえた。開けっぱなしのドアの向こうに男の子がふたり、成人男性がひとり飛び込んできた。
!
舞は思わず上半身を起こした。
見間違えるはずがない、彼の名は蓮見直樹。学生時代の舞が長い間片想いしていた初恋の人だ。