ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
*
陸と別れ、走って家に帰った。
放課後、陸にすべてのことを話すのに時間が足らなかった。
離れでは、両親が私を待っていた。
「遅くなってしまって、すみません」
壁の時計を見ると、十八時を少し過ぎていた。
「大丈夫よ」
母は怒らなかった。
それを少し寂しく感じて――、まるで子供みたいだと小さく肩を竦めた。
母に促され、制服のままダイニングテーブルの椅子を引いた。
父は私への罪悪感が未だ強いのだろうか、視線が離れている時しか私を見てこなかった。
今も目が合ったのに、切なさが混じった視線を苦しげに伏してしまった。
「学校はどうだった?」
母が心配してくれて、くすぐったくなった。
「今までと同じに過ごせました」
「そう――、良かった」
母は泣きそうに笑って、ためらいがちに続けた。
「いろはは帰ってから、ずっと泣いていて」
……やっぱり、そうだよね。
昼休みの様子を思い浮かべた。
「――なにか、学校で、あった?」
母は苦しそうに言った。
「その……、お友達に……」
「!」
その揺れる声色にはっとした。
いろはは、陸に知られたことを母に話したのだろうか。それが私のせいだと?
「私は言ってません」
母に誤解されるのは嫌だった。
「いろはが自分で……」
母の表情が翳った。
……いろはのせいだって言ったら、悲しませる?
言葉が喉で引っかかった。
「どうすればいいのかしら……」
母の声は押さえた唇の中でくぐもっている。
「……」
その答えを私は知っている。
――いろはに言われた。出て行って、と。
だけど私は出て行くつもりはない。だって私はこの家の子供だから。
だったら、お互いが会わないように暮らすしかない。「転校しかないのかな……」
頭の中で考えていたことが声になっていた。
「――ただいま」
祖母が戻ってきた。
私たち三人が深刻な表情で座っているのを見て、何事かとすぐに輪に入ってきた。
「何かあったのか?」
「それが……」
母がいろはの状態を説明し始めた。
その間に、私はまた父の切ない視線を受けた。
――私は今度こそと、父が見ていることを意識して唇の端を引き上げてみた。
そして微笑んだまま静かに視線を合わせた。
「……」
父は初めて私から目を逸らさなかった。その目が赤くなっていく。
父ともたくさん話してみたかった。
どうすれば話せるのだろう――そう思っているところに祖母の声が届いた。
「渚央はそれでいいのか?」
祖母の声が届いた。
「は、い」
父に気持ちを傾けていたせいで、会話の流れについていけなかった。
でも聞き返すことができず曖昧に頷いてしまってから、転校の話に意識が追いついた。
「転校って、急に何を言ってるんだ」
祖母の困惑に私は小さくなった。
「別の中学校って言っても、電車とバスを乗り継ぐようになる。渚央が大変じゃないか」
私はぎこちなく顔を上げた。
「それで幸せに……なれるなら、その方がいいのだと思います」
母の揺れる声を、現実じゃないような気持ちで聞いていた。
「……」
私は静かにあきらめて、口角を上げた。
……そっか、転校するのは私……
「そうは言っても」
祖母だけが納得いかない表情を隠していなかった。
私の中で、いろはの言葉がこだましていた。
"あんただけ邪魔なの"
私の心が、沈んでいった。
だけど笑顔は消さなかった。