ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
蓮見家の玄関を出る前には、私の涙は溢れて止まらなくなっていた。
*
――あれから、
両親が帰って祖母とふたりになった。
祖母は溜息をつきながら聞いてきた。
「渚央、本当に転校したいのか?」
「……」
……転校なんてイヤだ。だけど、動き出してしまった。
祖母は黙っている私に表情を曇らせた。眉間の皴が濃くなっている。
「登下校だけでも時間がかかる。おまえの負担が大きい」
私は縮こまった。
自分が呟いたひとことが、こんなに大きな問題になるなんて。
だけど――、
母が、転校と私をすぐに結びつけたことが、本当はショックだった。
少しだけでも迷ってほしかった。
母にとって優先されるのは、生まれた時から可愛がってきたいろはなんだと、突きつけられた気がした。
「ちょっと調べてみるか」
そう言って祖母は私から離れた。
ひとりになると現実が容赦なく迫ってきた。
心細くて、私は両手をぎゅうっと握った。
しばらくして戻ってきた祖母は、険しい表情だった。
「やはり遠いな。送り迎えは直樹たちがするだろうが、電車の時間と、駅を降りてからのバスの時間と――」
祖母が教えてくれている間、私の後悔はどんどん膨らんでいった。
……どうしよう、私ひとりのために大事になってしまった、
面倒な子だと嫌われるんじゃ……、
祖母が、私の横に腰を下ろした。
おもむろに視線を合わせた。
「せっかく書道部に入ったのだろう?」
「……」
祖母の問いかけに、項垂れるように頷いた。
「おまえには酷かもしれないが、もう少し頑張らないか?」
私は少しだけ顔を上げた。
「制服だって新しいのが出来上がる。体操着も鞄も新品にしたばかりだ」
そうだ。私の新しい制服!
体操着も、今日は体育がなかったから着ていない。
「受験勉強も始まる。どうだ?」
「……」
「踏ん張ってみないか? 私もその方がありがたいんだ」
私に委ねない祖母の提案に救われる思いだった。
「転校を考え直してはどうだ?」
私は心を震わせながら、頷いた。
「――はい。転校はやめます」
言えた!
祖母のおかげで、この流れを自然に止めることができた。
「そうか! それがいい」
「はいっ」
笑顔の祖母に負けないくらい、笑顔になった。
軽い足取りで夕食の支度を始めた祖母の後ろで、私はひとり座ったまま、にやにやした。
よかった。本当によかった。……転校しなくて済んだ。
「あっ。このこと、伝えてきます!」
私は慌てて立ち上がった。祖母が「ああ、行ってきな」と見送ってくれた。
私は走り出す。
――だけど、私は決意を口にできなかった。
それどころか気持ちとは逆のことを母に伝えていた。