ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜

 * *

 蓮見家の呼び鈴を押して、待った。

 ドアが開いた瞬間、黒目がちな母の目元が動揺するように揺れた。緊張が伝わってきた。

「すいません、また来てしまって……」
 私は謝った。そして、来なきゃよかった……と、心の中で小さくいじけた。

「おじゃまします」
 恐る恐る、家の中へ入った。
 リビングのソファに通されて、控えめに部屋の中を眺めた。

 広くて明るい家のあちこちに、思い出を積み重ねたと連想させる物が溢れていた。写真立て、置物、学校行事のプリント。
 キッチンからは夕食のにおいがして、家族それぞれの食器がダイニングテーブルの上に並べられている。
 生活感が漂う空間に身の置き場がなくなった。
 
「どうぞ」
 母の声に、視線をテーブルに戻した。
 目の前に置かれたオレンジジュース。来客用と分かるコースターにグラス。
 ……そっか、私は"お客様"か、
 心が固くなった。同じタイミングで"戻ってきた"晴樹の分はちゃんとそこにあったから。
 
「そうだ。転校」
 本来の用件に無理矢理、思考を切り替えた。
「聞いたら、ここからは遠いって……」
 みんなが大変で、現実的じゃない。
 だから私はこのまま今の学校へ通う――そう続けようとしたのに、母はさらりと言った。
「送り迎えは心配しないで。私たちがするからね」
 ……え、
 私は内心焦った。
「でも、それは、悪いので」
「悪くなんかないわよ。そんな遠慮、しないで」
「……」
 母の笑顔に追い詰められた。
 まるで、転校が母の願いみたいに聞こえてきた。
 そう思ったら、そこからは勝手に口が動いていた。

 ――寮があるところ――なるべく遠くに――出て行く――?
 確かに私が喋っている。
 自覚がある。
 でも本心じゃない。でも……、もうそれでいいか、
 

 父が戻ってきても、話の流れは変わらなかった。
 引き止める言葉もなかった。
 両親との距離を縮めたいと願っているのは、いつも私だけなのだ。
 
 私は笑った。
 笑って、蓮見の家を出た。
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