ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
第五章*乙葉の章

5-1 抱きしめてもいい?(乙葉)

***【乙葉】


 
 いろはが、午後の授業を受けずに早退してきた。
 理由を聞いたら、渚央が小峰陸君に出生の秘密を話してしまったせいだ、と泣いた。
 いろはから好きな男の子の話題が出たのは何年か前のことだ。
 ――「ママも応援するね」
 ずっとしてみたかったガールズトークを、娘とできることが心から嬉しかった。

 

「あの子、怖い」
 いろはは両手で顔を覆った。
「今日だってわざとうちのクラスに来て、私を見張ってる」
「……」
 どうしてだろう。愛情は変わらないはずなのに、もう以前のようにいろはの言葉を盲信できなかった。
「いろはの、考えすぎじゃない?」
「ママはあの子の味方なのっ? 私のこと、ずっとママの子供だって言ったくせに」
「どっちの味方とかじゃないのよ……」
 本当は、なだめることに疲れている。
 だけどそれを悟らせてはいけない。
 血の繋がりがなくても、私は“母親”だ。 
 
「もう、あの子と一緒の学校は嫌」
「……」 
「あの子だっていじめられてて、あんな学校いたくないって思ってるよ」
「……いじめられてるの?」
 頭を殴られたような衝撃に襲われた。
 渚央が学校でどういう立場にいるかなんて、自分たちが渚央にしてきたことを思えば想像するまでもないのに。
「新しい学校でやり直した方がいいに決まってるじゃん!」
「……」
 それがいろはの都合だと分かっていても、学校が渚央にとって辛い場所であることは事実なのだろう。
 
 だからこそ、渚央の人生を取り戻すことばかり考えていた。

 
 今、戸籍の手続きを進めている。
 佳苗にも協力してもらい入れ替えの経緯を必死に遡った。
 けれどクリニックはすでに取り壊されている。保管記録の義務も終わっていたためカルテ類も破棄されていた。
 何ひとつ解明できないもどかしさの中、佳苗がぼそりと言った。

「そういえば、山都さんから『子供の血液型』を聞かれたのよね」
 一瞬の違和感だったそうだ。
「相性って言われて、占い好きそうだもんなって流しちゃったのよね」
 そのことを佳苗は悔いていた。
「……」
 私は、何も言えなかった。
 仕方ない――なんて思えない。けれどどうしようもない……。

 十中八九、赤ちゃんを入れ替えたのは舞なのだろう。
 ネーム札が自然と外れることなどない。まして付け替えるなんて。
 そして『渚央』と、夫の名前を入れて命名したことの意味。
 
 ……私は長い夜の中、何千回と後悔した。
 夫を狙う女に同情し、自分たちの生活圏に引き入れてしまったことを。
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