ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
 
 地獄のような月日を生きた。
 生きて――なんとか生きて、晴樹が戻ってきた。
 どれほどの感謝を並べても足らなかった。一度は呪った神様に、跪いて手を合わせた。
 ありがとうございます、ありがとうございます……。
 
 だけどまた別の地獄が始まった。
 愛情かけて育てたいろはが自分の子供じゃないなんて、
 疎み、冷遇してきた渚央が本当の娘だったなんて、
 誰が想像できただろうか。


「ママ、お願い。あの子を別の場所にやって……」
「……」
 いろはは今までと同じように、私の腕に縋りついて甘えた。
「怖いよ。あの子に何かされるって思うと」
 ……なにかしているのは、あなたでしょう?

 お兄ちゃんたちから聞いている。
 いろはが渚央をいじめていたと。露天風呂で見た渚央の二の腕。そこに残っていた痣――。反対側にも消えていない痣があった。いろはが親戚の家に泊まりに行ってから十日以上経っている。執拗に同じ部分を狙ったのだ。なんて恐ろしい……。


「あの子のせいで“このこと”バレたらどうするの」
「……そんなことには、ならないはずよ」
「分からないじゃん!」 
 ……この子はどうして、こんなに自分のことばかり考えるのだろう。
 離れ離れになって生きていた私たちと渚央に、心を寄せることはできないのだろうか。
 けれど――、と首を振る。こんな風に育ててしまった私の責任だと。 
 
「ママ、あの子のために転校させて」
「……」 
 いろはの願いが渚央のためではないことぐらい分かっている。
 だとしても、渚央が『蓮見渚央』としての人生をやり直せる最良の道がそこにあるなら、全力で作ってあげたい。
  
「ママ、なんで何も言ってくれないの……もう、嫌いっ」
 望む答えを渡せない私に、いろははヒステリックに叫んだ。そして泣きながら部屋へと走っていった。


「……」
 私は今も、“あの日”も、いろはの後を追えずにいる。
 いろはを見放すことは親として“正しくない”。
 分かっているのに……
 いろはが自分の部屋から出てこないことに、内心ほっとしている。

 ――……はあ、
 両手の中で溜息をついた。

 『母親』とはなんだろう。
 どんなに考えても答えに辿り着けない。悩みがただ、深まるだけだった。
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