ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
晴樹が『宿題をやってくる』と部屋に向かったのを見届けてほどなく、夫が帰ってきた。
ひとりでは抱えきれず、いろはに言われたことを話をした。
「……“あの子”は、いじめられているのか」
夫はみるみる落ち込んだ。
夫が気に掛けたのはいろはではなく、渚央の方だった。――こんなところは大樹と同じだ。
思えば、あんなに信頼し、気の置けない仲だった舞のことも、事件後は一度も庇わなかった。
私のためというより、夫は正しさを曖昧にできない人だった。
だからこそ、渚央にしてきた自分の言動を頑なに許せず、いろはへの失望にも蓋ができないのだ。
「俺たちのせいだな、あの子をずっと苦しめたから」
「……そう。私たちのせい」
「話を聞きに行った方がいいんじゃないか?」
「……」
夫はいつも回りくどい。
毎日会いたくて仕方ないくせにそれを口にもしない。私も同じだった。
――「このおかず、余っても仕方ないからむこうに持って行くけど、あなたも行く?」
そんな理由付けをしなければ、渚央に会いに行くと言えなかった。
「そうね、学校でなにかあったか、知らないといけないものね」
私たちはいそいそと身支度をして、離れへと向かう。
――渚央は、十八時を過ぎて帰宅した。
怒られないか心配して落とした肩先に、安心させてあげたくて「大丈夫よ」と声を掛けた。
今まで我慢し続けた渚央に、門限を守れなど思うわけがない。
「学校はどうだった?」
恐る恐る、聞いた。
「はい。友達が今までと同じに迎えてくれました」
「そう――、良かった」
ほっとしながらも、それだけではないだろうに、と切なくなった。
事件が解決し初めての登校だ。渚央にひどい態度を取ってきた子たちもいたはずだ。
「いろはは帰ってから、ずっと泣いていて」
渚央の本音を引き出したくて、いろはのことを口にした。
いろはは気持ちのままに感情を出している。渚央にも遠慮せず、そうしてほしかった。
「あの……、泣いた理由はなんですか?」
渚央が不安そうに聞いてきた。
「学校のみんなに、本当のことが分かってしまうのが怖いのかも……」
渚央は考え込んでいる様子だった。
「なにか、学校で、あった?」
渚央が学校でどう過ごしているか知りたかった。
学校で辛い目に遭っているなら、相談してほしい。
「その……、お友達に……」
動きそうで動かない唇に向かって、踏み込んでみた。
「私は言ってません」
渚央の目が不安に揺れていた。
「いろはが、自分で……」
いろはの名前が出てきて、――ああ、会話が噛み合っていないのか、とようやく把握した。