ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜

「どうすればいいのかしら……」
 つい、心の声が漏れてしまった。

「転校しかないかな……」

 ――あ、
 渚央のつぶやきから、渚央が送っている学校生活の苦しみが見えた気がした。
 渚央も本音では、新しい人生を始めたいのだと。
 ……そうよね、今までずっと耐えてきたんだもの、
 
 私は決心した。
 いろはの我儘を聞き入れるためではなく、渚央の新しい人生のために。
 
  
「――ただいま」
 義母が戻ってきた。
 私は要点だけ説明した。

「渚央はそれでいいのか?」
 義母は納得できないようだった。
 けれど渚央も頷いている。

「それで幸せに……なれるなら、その方がいいのだと思います」
 私は渚央の幸せを優先すると心に決めて押し切った。  



 
  *
   
 玄関のインターフォンが鳴って、鍵を開けると渚央が立っていた。
 会ったばかりなのに、また会えたことが嬉しくて言葉がすぐに出てこない。

 渚央が小さな声で言った。
「すいません、さっき言えばよかったのに……」
 !
 その言葉に、誤解させてしまったことに気づく。
「ううん、来てくれて嬉しいわ」
 伝わっただろうか……。
 顔を上げてくれればいいのだけど、渚央は緊張のまま俯いて立っている。
 合い鍵を渡してあげるべきだった……
 娘が、自分の家にインターフォンを押さなければ入れないなんて、おかしな話なのだ。

「おじゃまします」
「……っ」
 渚央の言葉に再び後悔が襲ってくる。
 自分の家に入るのに「おじゃまします」と言わせるなんて……。
 だけど渚央にとってここが「ただいま」と言える場所じゃないことも分かっている。
 
 リビングに通して、ソファを勧めた。
 本来なら自分がいるべき場所で、渚央は所在なさげに肩を縮めていた。

「――いろはは、大丈夫ですか?」
 渚央は一番にいろはの心配をした。
 その健気さに胸がしめつけられる。
「まだ、泣いてますか?」
「ううん。もう元気よ」
 嘘をついた。
 
 私はジュースを渚央の前に置いた。
 渚央はじっとグラスを見ていた。
「……あとで、お買い物行きましょうね」
 私はあえて明るい声で言った。
 グラスが来客用の物だということを、どうか渚央が意識しませんようにと願いながら。
「はい」
 渚央は目を細めて、歯を見せて笑った。
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